izuoshima-2-1
まちを拓く人
更新日:2024年05月21日

女性起業家が手掛ける大島の新たな1ページ

ライター:

【今回の取材地】

東京都 / 大島町
面積:90.76㎢
総人口:6,631人
人口密度:73.1人/㎢
隣接自治体:利島村など
(2024年2月1日時点)

「2010年から2040年にかけて、20〜39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村」を「消滅可能性都市」という。指定される都市の多くは地方都市で、首都圏への人口流出や少子化が主な要因とされている。女性の社会進出・共働きが当たり前となった近年では、消滅可能性都市に指定される数は更に増加すると考えられている。

2014年、東京都大島町は「消滅可能性都市」に認定された。

そんな、30年後にはなくなってしまうかもしれないとも言われている大島町で、「女性が自分と向き合う」をコンセプトに宿とカフェを営む2人組がいる。1人は、大島出身の浅沼未弥さん(写真:左)。もう1人は、長野県出身の長瀬夏海さんだ(写真:右)。同僚であった2人は、大島の港近くに泊まれるカフェ「島ぐらしカフェ chigoohagoo」をオープンさせた。

大島への帰郷と、新たな挑戦

高校卒業までを地元大島で過ごした浅沼さん。大学進学を機に内地へ行き、卒業後はホテル業界に就職。就職先に選んだホテルは「地域再生」を掲げており、これまでも日本各地で経営不振に陥ったリゾート施設や旅館の再生に取り組んできた。島を出てから、漠然と「島のために何かしたい」と思っていた浅沼さんは、大島のためにできる手立てを学べるのではないかと、10年間そこへ従事。次のキャリアを考え始めた際に、ふと大島で空き家が売りに出ていたのを思い出した。思い立ったが吉日という言葉通り、「大島のために何かできるかも」という期待を胸に、即決で物件を購入した。

物件を買ったはいいものの、中身を見たことがなかった浅沼さん。まずは何ができるか見て考えようと大島に帰ることに。また、その時転職を考えていた長瀬さんを旅行に誘った。生まれ育った大島は、夕日がきれいで海が澄んでいるのは知っているけど、客観的にみた時の大島の魅力とはどんなものなのかを第三者の目線で見た意見が聞きたいと考えた。

大島へのときめきと、次なるキャリア

長瀬さんの出身は長野県だが、転勤族だったため、幼いころから国内外で生活していた。就職先は浅沼さんと同じ会社で、全国転勤をしながらホテル経営に従事。10年ほど勤め、次のキャリアを模索しているところで、浅沼さんから大島旅行の提案を受けた。

二つ返事で来た初めての大島は、印象深いものになったそうだ。

小さいころから海外で生活することも多かったので、いつかは日本の田舎の良さを海外に発信していきたいと考えていた長瀬さん。大島は世界中の人に見せたい景色が広がる美しい場所だと思ったという。

大島の景色に感動を覚えた彼女の心には、「私もここで何かやってみたい」という思いが生まれた。当初は、週末に大島に来て、浅沼さんが物件をリノベーションする準備を手伝おうと思っていたそう。しかし、次のキャリアを考えていたタイミングでもあり、ご両親の後押しもあって、浅沼さんと共に大島で新しいチャレンジをすることになった。

chigoo hagooでは、流木を使った家具も販売されている

「女性が自分を認められる場所」、島ぐらしカフェ chigoohagooに込めた思い

新しいことを始めることが決まってからは、具体的に何ができるのか・何をしたいのか話し合うことに。2人ともホテル業界で働いていたこともあり、宿を始めることはすんなり決まった。一方で、長瀬さんが昔からカフェをやりたいと考えていたことから、カフェとしても利用してもらえる空間づくりを行うことになった。

前職の経験があるため、宿を始めると決まってからはその準備はスムーズに進行。幸先のいいスタートを切れたかと思う反面、コンセプトを考えるのにはかなり苦労したそうだ。

大島というゆったりと時間の流れる自然の中で、来た人には「ゆっくりしてほしい」という願いは最初からあったものの、それをどう体現したらいいのか分からなかったという。「大島は椿が有名だから壁一面に椿を描こう」や、「大島を象徴する“あんこさん(※)”をコンセプトにしよう」という考えも浮かんだそうだ。

※目上の女性に対する敬称で、お姉さんが訛ったものとされていわれている。

しかしどれも納得できず、最終的には「ゆっくりしてほしい」というところに行きついたという。

その背景には、浅沼さんと長瀬さんが以前ルームシェアをしていた時のエピソードがある。浅沼さんと長瀬さんは、自分たちの家に友人や後輩を招いて「相談室」のような、“女性の悩みに寄り添う空間づくり”をしていた。

仕事やプライベートの悩みを、浅沼さんと長瀬さんが聞き入れ、寄り添ってあげる。そんな場所にはいつも人が集まっていた。

この経験から、20代、30代の人に、そんな空間の需要があると確信していたし、2人自身が気張らずにできるコンセプトでもあると思い、「女性が自分を認められる場所」というのをコンセプトに温かい空間づくりを始めた。

実際、昔から漁師町で釣り宿の多い地域のため、女性が一人でゆっくりできるような宿は少なかったそう。そんな中で2人が宿をオープンさせたことで、女性客が増え、リピーターの多い宿にまで成長した。

カフェで提供されるお菓子は、長瀬さんの手作り

大自然の力を借りて、心に栄養を届ける場所

「島時間と大自然の力を借りて、いま(現代)を生きる女性たちが自分を認めるための時間」を提供したいという思いを持って宿を営む2人。自身も社会人として、そして女性としてさまざまな経験をしてきたからこそ、悩みやストレスを抱えた女性に寄り添いたいという思いが強いようであった。

「いま悩んでいる原因っていうのは、きっと誰かからの評価とか周りの目があるからだと思うんです。でも、本当にそんなのは気にする必要ななくて、今の自分の持っているものや自分自身を認めてあげるのが本当に必要なことだと思うんです」

女性も働く時代なんだから。女性なんだから子育てしないと……。

時代が変わり、これまでの概念も大きく変化しました。そんな雑踏の中奮闘する女性を支えるべく、2人の宿は存在する。

「朝の港には誰もいなくて、この世界は自分だけになってしまったんじゃないかって思う時間があるんです。周りの目なんて気にしないで、そんな時間をただ自分のためだけに時間を使って、『明日も頑張ろう』って思ってもらえたら嬉しいです」

都心から約2時間の場所に、非日常を感じられる場所がある。頑張るのも大事。だが、たまには大自然の力を借りて心に栄養を届ける時間も必要なのではないだろうか? 島ぐらしカフェ chigoohagooは、私たちの心のよりどころとしてその門戸を開いて待ってくれている。

関連記事