試みの交差点
更新日:2024年10月08日

保護猫を救う 行政と連携したソーシャルビジネス事例

ライター:

概要

環境問題や少子高齢化など社会課題に対する意識の高まりから、ソーシャルビジネスを立ち上げる企業が増えている。社会課題の解決へむけた取り組みが企業を評価する一つの指標となっていることも一因だ。しかし、社会性と収益性を同時に担保する必要があるため、事業を持続的に展開することは容易ではない。日本政策金融公庫総合研究所の調査によると、ソーシャルビジネス事業の売上高が赤字である企業が75パーセントを占めているという。そんななか、岐阜県飛騨市で、行政と連携し猫にまつわるソーシャルビジネスを展開する団体が注目を集めている。

猫と歩む地域課題解決

岐阜県飛騨市のとある民家。扉を開けて一歩中に入ると、そこには数え切れないほどの猫たち。ここは民間法人「ネコリパブリック(以下ネコリパ)」が運営する保護猫施設だ。
「猫に興味がない人、嫌いな人も巻き込んで、小さな命を誰もが大切にする社会へ。それがネコリパブリックが目指す未来です」そう語るのは代表の河瀬麻花さん。

ネコリパは、保護猫カフェの運営をはじめ、さまざまな企業と連携し日本での猫の殺処分ゼロを目指す活動を行っている。2022年4月から飛騨市と提携し、ふるさと納税を活用したプロジェクト「SAVE THE CAT HIDA」に取り組んでいる。「ネコの殺処分ゼロ」を目標に、空き家を保護猫施設として活用、保護猫とのマッチングを通じた高齢者のサポートや、「猫の学校」と題した空き家を活用した起業家教育構想など、保護猫活動と地域の社会課題の解決を結びつけた事業を推進している。

保護猫を見守るネコリパブリックの河瀬麻花代表

新事業が繋ぐ官民連携

これまでネコリパでは多くの猫助け事業を行ってきた。猫が殺処分されてしまう背景には、飼い主による適切な管理が欠如していることが要因としてあげられる。避妊や去勢が行われないまま捨てられると繁殖が進み野良猫が増える。飼っている意識を持たず不用意に餌をあげてしまうと、さらに野良猫の増加に拍車をかけてしまう。
「猫を保護する自分たちの活動だけで救える範囲はたかが知れている、と思ったんです」と河瀬さんは振り返る。「殺処分ゼロ」を実現するうえで行政との繋がりの必要性を感じていたのだ。一方、飛騨市も人手不足が常態化するなか、企業との連携の必要性を感じていた。

「地域の問題を解決しようとしたときに、行政だけでは解決が難しいケースがたくさんあります。例えば、猫の問題は地域課題として確実に存在しているのに、市役所には猫専門の課がないため予算がつきにくく、内部の職員だけではアプローチしにくい分野です。そういったところに入ってきてもらえて非常に助かります」と語るのは、ふるさと応援課の竹林久緒さん。互いに連携を必要とする両者を繋いだのが、ふるさと納税の新しい活用方法として新設された事業支援だった。

事業支援について語る飛騨市役所ふるさと応援課の竹林久緒さん

ふるさと納税を活用したソーシャルビジネス支援

飛騨市は国内でも先行して高齢化が進んでいる地域の一つだ。高齢化率は約40パーセントと高く、地域課題を多く抱えている。飛騨市役所ふるさと応援課では、地域の魅力発掘や移住定住の支援をしている。2017年には「飛騨市ファンクラブ」を設立し、地域内外の交流促進に取り組んでいる。

新たな活動を生み出そうと、2021年に新設したのが「飛騨市ふるさと納税活用ソーシャルビジネス支援事業」。ふるさと納税の仕組みを活用し、市内の地域課題解決やまちづくりを行う事業者・団体を最大5年間支援する事業だ。一般的なふるさと納税に加え、企業版ふるさと納税、ガバメントクラウドファンディングといった行政ならではの寄付プラットフォームを活用することで、返礼品を目的とした個人の寄付者だけでなく、社会性や地域性に共感した人々や企業へと訴求先を広げることが期待できる。市としても協業の機会や資金調達に繋がるなど大きな意味を持つ。

ネコリパの提案は飛騨市内には無い事業領域であり、事業の実現可能性が評価され採択された。「SAVE THE CAT HIDA」の調達目標金額は5億円だったが、市の想定を上回るスピードで目標を達成した。保護猫活動を応援したい人が全国に多くいることに飛騨市は驚いたという。

「ただの『協業先』ではなく、お互いの思い描く未来に共感してもらえる『仲間』をつくっていくことが重要です」と河瀬さん。「事業者が自ら宣伝しふるさと納税を集める」という仕組みとネコリパがうまく噛み合った結果といえる。

ネコリパが掲げる事業循環図

連携がもたらす事業促進

空き家を活用した猫の保護や、地方での譲渡会、ネコパッケージのプロダクトデザインなど「SAVE THE CAT HIDA」プロジェクトは複数の事業から成る。なかでも特徴的なものが高齢者見守り事業だ。高齢者が安心できる生活を送るためにデイサービスや介護施設を利用するケースが一般的だが、入居に対する精神的ハードルや、施設の人手不足が障壁となり、なかなか受け入れが進まないのが現状だ。本事業では、引き取り手のつきにくい10歳以上の保護猫を、高齢者に「預かって」もらい、ネコリパスタッフがその猫の巡回型訪問見守りを実施する。生活必需品の代理購入や配達サービスが含まれており、「猫」という共通の話題で信頼関係を築き、孤立化を防ぎ、安心や生きがいに繋げていくというものだ。保護猫の居場所を作り、猫の世話を通じて認知症の予防・抑制やアニマルセラピー効果も期待でき、飼い主の有事の際は猫を引き取ることもできる。このような、保護猫事業と飛騨市が抱える課題一つひとつを結びつけた斬新なアプローチもネコリパが採択された要因の一つである。

連携によるメリットは初年度から現れている。2022年度に飛騨市内で実施した国勢調査ならぬ猫勢調査では、「飼い猫の有無」や「ワクチンの接種状況」「野良猫の多い地域」、「猫に関する困りごとがないか」などを調査した。適切な猫助けを行っていくために、市内全戸に調査票を配布する必要があったが、飛騨市を通すことで、ネコリパから町内会のネットワークを介した一斉配布ができ、効率的な全戸配布と回答率の底上げに貢献したという。同時に、正しい猫との暮らし方について書かれた啓発本「猫と人の完全共生マニュアル」を配布した。それらにより飛騨市内でネコリパの活動に対する認知度が向上しただけでなく、日本初の取り組みとしてメディアにも取り上げられ、全国で知名度を伸ばす結果となった。

実際に配布された猫勢調査票と啓発本

持続可能なソーシャルビジネス

ネコリパは、ふるさと納税を活用したソーシャルビジネス支援事業がきっかけとなり、行政との連携、スムーズな資金調達、プロジェクトの始動へと至った。当初は「そんな大きなお金をネコに使うのか」と非難する住民もいたという。行政の献身的な説明とネコリパの地域活性化に繋がる活動により、支援事業の仕組みを理解したうえでネコリパの活動に賛同してくれる方々が増えている。加えて、メディアでも多く取り上げられ社会から注目されることで、より多くの共感を呼び、共感が収益に繋がり、ネコリパの活動範囲はどんどん広がっているのだ。

SAVE THE CAT HIDAプロジェクトは、行政の支援が得られる5年間で収益構造を構築し自走化させなくてはならないが、支援期間が終了したあとも、行政や地域の人々、多くの事業者と、継続的に協力し合うことができる土壌ができていることだろう。そういった、互いに共感し、同じ未来を目指し課題に立ち向かう『仲間』の輪を広げていくことが、持続可能なソーシャルビジネスを実現するひとつの可能性ではないだろうか。

【参考文献】

・日本政策金融公庫 ソーシャルビジネスの経営実態(2024年8月22日参照)

・市町村アカデミー “自治体におけるコミュニティビジネス とソーシャルビジネスの役割”(2024年8月22日参照)

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