【今回の取材地】
総人口:164,002人
人口密度:1,003人/㎢
隣接自治体:浜松市、袋井市など
(2023年12月1日時点)
交通課題を持つ地域の今を知る
近年の人口減少により、地方圏における地域公共交通は利用者も減少。
交通事業者の経営状況が圧迫された結果、鉄道やバスが廃線となり、地方圏に交通課題を持った地域が拡大している。その一方で、脱炭素 / 電動化をきっかけとした、多様なモビリティの開発や、それを活かしたまちづくりの動きが見られる。
自然に囲まれた地域ならではの課題
磐田市は、交通課題のある地域での課題解決やまちづくりに、脱炭素、電動化をきっかけに開発が進むモビリティの活用で取り組もうとしている。
今回、CRAFTRIPでは磐田市の交通をはじめとした課題や、まちづくりへの取り組みから学ぶため、「地域遊学ツアー」を開催。実際に地域の現実を目にすることで、課題を解決するのは想像するよりも簡単ではないことを知った。一方で、自治体だけで解決しようとするのではなく、企業や市民も一緒になって取り組む姿からは、地域の課題解決の新しいカタチを感じることができた。
磐田市は四方が自然に囲まれており、市北部には山間部や森林が、南部は多くのサーファーが集まる海岸がある。また、お茶の栽培面積日本一の静岡県というべきか、磐田市内の至るところにも茶畑が広がっていた。
磐田市の特筆すべき点は、この恵まれた自然環境だけではない。
プロサッカーチームやラグビーチームが磐田市をホームタウンとし、スポーツを通じたまちの活性化や多くの観光客を呼び込む手立てとなっている。工業も盛んで、日本が世界に誇る大手メーカーが本社を置いていたりと、まさに「生活も観光も、なんでもそろう」というイメージを持てる地域である。
このように環境に恵まれた磐田市だが、さまざまな課題を抱えており、その一つとして高齢化が挙げられる。昨今、日本は少子高齢化社会と言われているので、磐田市と同じように高齢化が顕著になっている地域は他にもある。しかし、交通課題の解決に取り組む磐田市のような地方都市にとって、住民の高齢化はより深刻なものとなっている。
御厨駅周辺の現在の様子
磐田市は、広い地域に住居が点在しているため、住人の移動手段の中心は自家用車となっている。そのため、採算の面から路線バス等の公共交通の維持が難しくなっている。
一方で、自家用車を持たない高齢者、学生等にとっては公共交通は必要なインフラでもある。市を挙げて乗り合いタクシーの運行や路線バスの維持等に取り組んでいるが、その供給にも限りがあり、今後のより良い公共交通のあり方について検討する必要がある。
交通課題は、「日常生活の移動手段」だけではない。
磐田市のプロサッカーチーム「ジュビロ磐田」が本拠地とする「ヤマハスタジアム」。このスタジアムは、最寄り駅の御厨(みくりや)駅から徒歩約20分と、少し離れている。歩けないこともないが、多くのサポーターが車でスタジアムに訪る。そのため、試合終了後のスタジアム周辺には、帰るサポーターの車で混雑も発生している。
地元企業が推進する、磐田市の課題解決
公共交通機関を持続可能でより利用しやすい形に変えていく、駅からスタジアムの周辺に賑わいを生み出す……。
考えられる策はたくさんあるが、ひとすじ縄ではいかないからこそ、今日まで課題に感じている人がいるのである。この状況を受けて、交通課題の解決に動き出している企業がある。
磐田市に本社を置く、日本を代表する輸送用機器メーカー「ヤマハ発動機株式会社 (以下、ヤマハ) 」だ。ブランドスローガン「Revs your Heart」には、「イノベーションへの情熱を胸に、お客様の期待を超える感動の創造に挑戦しつづける」という強い思いが込められているという。
スローガン通り、ヤマハは磐田市の交通課題を解決すべく、グリーンスローモビリティ(以下、GSM)を利用した新たなモビリティの開発を行っている。
元々GSMは、「電動で、時速20km未満で公道を走る4人乗り以上のパブリックモビリティ」として開発された乗り物。コンパクトで速度制限もされているので、高齢者でも運転が可能になるのではないかと期待されている。最近は単なる“移動手段”ではなく、観光や交通空白地域の課題解決の手段としても注目され始めている。
ヤマハは、GSMを利用し、店舗 / 歩道 / 車道を一体空間として人の滞留を生み、まちの賑わいの創出を目指している。取り組みの一つとして、ヤマハスタジアムと御厨駅の間で飲食ができるGSMを走らせれば、車の利用者が減り、試合観戦後の渋滞を緩和できるのではないかと考えているそうだ。また、飲食の需要があると分かれば、飲食店も増え、まちに活気が生まれる未来を想像しているのである。
GSMを利用したまちづくりを進めるにあたり、ヤマハが都内で行っている実証実験を行っている。その1つが、三軒茶屋駅周辺の再開発が進められる東京都世田谷区と協力し、完成しつつあるGSMを設置した「進化し続ける交流のまち『三茶Crossing』」。まだ完成はしていないため、公道を走らせることはないが、実際にGSMに座ってみるとその解放感が心地よく感じた。
ヤマハが都内で行った実証実験の様子
日の光を浴びながら、吹き抜けていく風を肌で感じる。車が行き交う音も、周りで歓談を楽しむ声も、なんだか心地よく感じた。そんなGSMの周りには人が集い、笑い声の飛び交う場所ができていた。
ふらっと立ち寄ることができるカフェとして利用したり、青空の下でBBQを楽しんでみたり。会話が弾み、食事も進むのではないだろうか。「ここで仲間と食事をしたら、どれだけ楽しいものになるのだろうか」そんな想像をせずにはいられない、楽しいモビリティ体験であった。
ヤマハのこのような活動に、磐田市役所も期待を寄せている。
「ヤマハさんが本社のある磐田市に目を向けて、まちのために何ができるのかを考えてくれているという事実が大切だと思うんです」。磐田市経済産業部 産業政策課の鈴木崇寛さんはそう言う。
地元が誇る世界規模の企業が、磐田市の未来を一緒に考えてくれることがうれしく、市役所としてもその期待に応えていきたいのだそう。
「その期待に応えたい」と、まちや市民の心を動かしたヤマハのこの取り組みは、大きな一歩を踏み出したといえるのかもしれない。
行政と市民、地元企業が一体となってつくる未来
観光スポットがあり、プロスポーツも盛ん。海に出ればサーフィンができて、キャンプ場もある。磐田市には魅力が溢れている。磐田市が直面している課題は、今ある魅力を “どう提供するか”。
それは磐田市の力だけでは実現できない。地域住民の誰しもが利用しやすい公共交通機関を提供するためには、市民の理解や協力が不可欠。交通機関の運航を見直したり、新しい交通手段を生み出すにも企業の協力が必要である。
とても難易度が高いことだが、逆に言えば行政と市民、地元の企業が協力することで、さまざまな可能性が広がるとも言える。そう考えると、なんだかワクワクしないだろうか。
今はまだ、長く険しい道のりに見えるかもしれない。しかし、磐田市はたくさんの可能性を秘めているまちであるのは確かである。
これから磐田市は、どのような未来に向かっていくのか。その行方が楽しみだ。
【参考文献】
- 農林水産省「お茶のおもな産地はどこですか」 (2023年6月2日参照)
- 磐田市役所「磐田市の人口 令和5年度」(2023年6月2日参照)
- 国土交通省「グリーンスローモビリティとは」(2023年6月5日参照)
- 世田谷区「三軒茶屋駅周辺まちづくり基本方針「進化し続ける交流のまち『三茶Crossing』」」(2023年6月13日参照)