試みの交差点
更新日:2024年12月11日

出口の先を見据える。地銀の大学発ベンチャー支援モデル

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概要

大学発ベンチャーは、新しい技術やアイデアを社会に実装し、経済活性化や社会課題の解決に貢献する重要な役割を担っている。経済産業省の調査によると、2023年10月時点で日本の大学発ベンチャー数は4,288社に達し、前年度から506社増加して過去最高を記録した。しかし、これは米国をはじめとする海外の主要国と比較すると依然として少なく、その成長を支援する体制強化が求められている。とりわけ、熊本県内の大学発ベンチャー数は全国的に見ても多くない。そんな中、熊本県でメインバンクシェア1位を誇る肥後銀行グループが大学発ベンチャーの創業・開業支援に積極的に取り組んでいる。

「優れた技術だけで会社は作れない」―大学発ベンチャーの課題

株式会社CAST代表取締役の中妻啓さん

「技術的には大きな可能性を秘めていたものの、製造工程に課題がありました。例えば、ある製品を100個作ったとき、すべてを同じ品質で作ることができない。製品として安定的に供給できる体制を整えることが必要でした」

大学発ベンチャーには、一般の起業とは異なる固有の課題がある。熊本大学発ベンチャーのCASTを創業した中妻さんは、起業に至るまでの苦労をこのように語る。技術としての完成度が高くても、製品として安定的に生産できなければビジネスは成立しない。研究室レベルでの成功と、製品化は全く異なるステージだ。

CASTのセンサー

また、研究開発型の事業を立ち上げる際は、技術を深く理解した上で経営の舵取りができる人材が必要となる。

「経営者の確保が大きな課題となっています。特に地方では、研究開発型ベンチャーの経営を担える人材が非常に限られています。実際、多くの大学発ベンチャーの設立を目指す動きの中で、経営人材の不足が大きなボトルネックとなっています」と中妻さんは指摘する。

経営人材の不足には、研究者と経営者という異なる役割の難しさがある。優れた研究成果を持つ研究者が、必ずしも経営者になることを望むとは限らない。

「研究者の多くは研究そのものに情熱を持っており、経営よりも研究活動に専念したいと考えるのが自然です。優れた技術シーズがあっても、それを事業化する際の経営者を誰が担うのかという問題は常にあります」と中妻さん。

研究成果を社会実装していくためには、大学の研究活動の枠を超えた「ビジネス」として確立させる支援体制が必要となる。資金調達、製品開発、販路開拓など、研究者にとって馴染みの薄い経営課題に対して、誰がどのようにサポートしていくのか。その一つの解が、九州の金融機関による特徴的な取り組みである。

九州発、2つの異なるベンチャー支援モデル

九州では現在、2つの特徴的な大学発ベンチャー支援の取り組みが進められている。1つは、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)が主導するPARKS(Platform for All Regions of Kyushu & Okinawa for Startup-ecosystem)であり、もう1つが九州フィナンシャルグループ傘下の肥後銀行による支援だ。

PARKSは、九州・沖縄・山口の18大学と連携し、オール九州・沖縄圏一体でのスタートアップ・エコシステム創出を目指す広域的な取り組み。2023年度に科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出基金スタートアップ・エコシステム共創プログラムに採択され、GAPファンドプログラムやインパクトスタートアップセミナーなど、多様な支援プログラムを展開している。一方、肥後銀行は地域に密着したアプローチを取っている。

左から小橋口さん、新宅さん、松尾さん

「私たちは『地域にどんな地銀があるかによって、その地域の未来が変わる』と考え、行動しています。人口が減少する中では、新たな産業を作っていくことが必要です。産業は企業の集積ですので、スタートアップが成功しその成功体験を次の世代に伝えることは、地域の活力にとって重要であると考えています」

そう話すのは産業イノベーション推進部スタートアップ推進室長の小橋口誠也さんだ。そうした思いから、同行は中核となる肥銀アントレプレナーサポートオフィスを設立した。

キャンパス内に開設、大学と銀行が創るシームレスな起業支援

肥銀アントレプレナーサポートオフィスは、熊本大学との連携協定に基づき、大学構内に拠点を設置している。金融機関が大学のキャンパス内に拠点を作るのはめずらしい。大学構内に拠点があることで、大学関係者との密接なコミュニケーションが可能になり、円滑な情報共有と迅速な支援体制を構築する上で大きな強みとなっている。同オフィスの主な特徴は以下の5つだ。

1.シーズ発掘・事業化支援:大学の研究成果から有望なシーズを発掘し、事業化を支援する。

2.伴走支援:投資先の価値向上を支援する。

3.学生起業支援:近年増加傾向にある学生の起業を支援する。

4.産学連携マッチング:肥後銀行のネットワークを活用し、県内企業と研究者をつなぐ。

5.経営人材マッチング:研究者と経営人材のマッチングを行う。

特にシーズ発掘では、産学連携部門との連携や「熊本テックプランター」などのイベントを通じて、積極的に情報収集している。テックプランターは毎年7月に開催するビジネスコンテストで、起業前の研究の発掘・育成から、会社設立や事業計画の策定を支援する。

肥銀アントレプレナーサポートオフィスの外観

「まずは研究者や学生が研究シーズを発表する場を作っていくことが大切だと考えています。イベントの存在を周知することで、そこに出てみたいという先生や学生の情報も集まってきます」と肥銀アントレプレナーサポートオフィスの新宅祥平さん。

肥銀アントレプレナーサポートオフィスは2023年末に熊本県内の大学・高専9校と連携協定を締結し、より広範な支援体制を構築した。こうした支援体制の成果として表れているのが、冒頭にも登場した熊本大学発のベンチャー企業である株式会社CASTである。

スタートアップから上場企業へ 進化を支える体制づくり

CASTは熊本大学の研究者が20年以上研究してきた、耐熱性とフレキシブル性を兼ね備えた独自のセンサー技術を基に起業した、2019年設立の大学発ベンチャー。同社はこの技術を活用して工場やプラントの配管減肉モニタリングシステムを開発・販売している。

2019年設立の大学発ベンチャーCAST

「配管は使用に伴い内部が腐食や摩耗により劣化していきます。配管の強度が低下すると重大な事故につながる可能性がありますが、配管は高温だったり、高いところにあったりするので人が検査するのが難しいという課題がありました。そんなとき、モニタリングシステムが役立ちます」代表取締役の中妻さんは説明する。

CASTと肥後銀行グループのはじまりは、前述のテックプランターだったという。その後、法人口座の開設や補助金申請時のつなぎ融資、肥銀キャピタルからの出資、社外取締役の派遣など、成長段階に応じた支援を得てきた。設立5年目に肥銀キャピタルの松尾彰文さんが社外取締役に就任すると、内部統制やコンプライアンスの整備、銀行のネットワークを活用した営業支援など、より踏み込んだ支援を受けるようになったという。

「上場を目指す企業にとって、ガバナンス体制の整備は必須要件となります。現在の10名強という組織規模の段階から、業務プロセスや規程の整備、適切な資金管理体制の構築など、将来を見据えた体制づくりができているのはサポートのおかげです」と中妻さんは言う。

中長期の視点 起業を支援する側の人材育成も

肥後銀行グループの取り組みは自社で行う起業支援にとどまらない。支援する側の人材育成も必要と考えている。2024年、熊本学園大学商学科に肥銀キャピタルによる寄附講座「ベンチャー支援実務」を開講。学生に起業家支援の仕事について知ってもらう機会を提供している。肥後銀行グループの特徴的な点は、ベンチャーキャピタルのように投資回収を主目的とするのではなく、長期的な視点に立った支援を行う点にある。一般的にベンチャーキャピタルの支援は企業の上場やM&Aまでが主な支援期間となるが、銀行は上場後も継続的な支援が可能だ。

CASTには肥後銀行グループからの転職者もいる

例えば、企業が大規模な設備投資を行う際のプロジェクトファイナンスの組成や、事業拡大に伴う運転資金の調達支援など、メインバンクとして企業の成長段階に応じた金融支援を提供できる。これは地方銀行ならではの強みを活かした支援モデルといえるだろう。

「地域の未来は、地域の地銀によって変わる」という考えのもと、大学発ベンチャーの支援を通じて、熊本をより魅力的な地域へ発展させることを目指す肥後銀行グループの取り組みは、起業支援にとどまらず、地域の産業構造を変革し、新たな価値を創造する試みとして注目される。

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