【今回の取材地】
面積:112k㎡
総人口:13,622人
人口密度:122人/㎢
隣接自治体:南アルプス市、早川町など
(2024年1月1日時点)
山梨の秘境 「峡南」地域を知っているだろうか?
東京から車を走らせること2時間弱。
多くの人が「甲府」や「八ヶ岳」に向かうのをよそに、中央道から南に反れ、十数分車を走らせると、「峡南(きょうなん)」という地域にたどり着く。
山梨県南部に位置する峡南は、日本三大急流・富士川沿いにある5つの町で構成され、山梨県民にとっても馴染みの薄い場所。
武田信玄の隠し湯・下部(しもべ)温泉や、山梨県最大の花火大会・神明(しんめい)の花火などで知られているが、人口は5町併せておよそ5万人という小さな地域である。
そんな峡南地域で40年に渡って愛される和食屋「寿司・和食 おかめ」を2代目として切り盛りするのは、佐久間利和(としかず)さん。
「峡南には何もないっすよ。峡南らしさはありますけどね」
他では手に入らない「美食材」の数々
佐久間さんは、飲食業やそれにまつわる食産業のみならず、和紙や印章(ハンコ)などの伝統産業や、観光業の担い手とも親睦を深め、町をまたいで地域振興に取り組む、峡南のキーマンでもあるそうだ。
「峡南には、『日本一なんじゃないか』っていう食材がたくさんあるんですよ」
飲食店を経営する上での必勝法は、人口の多い場所を選ぶこと。しかし佐久間さんは、修行先の東京でキャリアを積むことも可能であった中、20代半ばで人口5万人弱の故郷にUターンする道を選んだ。
なぜその選択肢をとったのか? そこには、料理人として峡南に可能性を感じた背景があった。
山と山に囲まれた「盆地」である峡南は、年間を通して昼夜の寒暖差が大きく、日照時間が長いことに加えて、降水量が少ない「農業向き」の土地。ここで育つ野菜には、甘みやうま味がギュッと詰まっている。また、南アルプスから流れるミネラルたっぷりの水は、良質な川魚を育てるのに最適な資源である。
「(峡南の食材は)冗談抜きで『美食材』なんです。都内で出したら数万円してしまうようなものも、クオリティはそのままに、お手軽な値段で提供できる。地元内外からお客さんを呼べるポテンシャルが、峡南には間違いなくあります」
自分自身が一番の「峡南美食材のファン」である
また、その食材をつくる「人」も、佐久間さんにとって欠かせない存在なんだとか。
「野菜も川魚も果物も、日々の天候を見ながら、一番よい状態のモノを選ばないといけない。それをちゃんと教えてくれるのは、こだわりを持った生産者の方々だけなんです」
かつて都内で働いていた際の仕事は、店の代表バイヤーが定期的に仕入れる良質な素材を、最高の形に調理すること。料理人の真髄を楽しむ気持ちのかたわら、次第にどこか「物足りなさ」を感じるようになった。
峡南では、生産者が丹精込めて作った食材について、生産者とあーだこーだ言いながら、
「一つとして同じものがない食材を、どのように活かすか」追求できる。峡南に流れるゆるやかな時間の中で、時間を忘れて話し尽くす。
「最高の料理を出すのって、料理人だけじゃできないんです。こだわりを持った生産者の方々がいること。そして皆さんがオープンに話をしてくれること。これが、僕が求めてたことだったんです」
風土の特性に頼るだけでなく、人の技が加わって作られる峡南の美食材。それを生産者と料理人が一緒にプロデュースできる環境が、峡南にはある。
「なにもない」から始まる「なんでもあり」な挑戦
美食材の宝庫とともに、佐久間さんのふるさとでもある峡南。大学進学を機に一度離れ、板前としての修業を積んだのち、20代後半で戻ってきた。
帰ってきたときの所感は「とにかく、何もない場所だ」。
そんな佐久間さんの見える世界が変わったのは、足を動かし始めてからだったという。
「先代の教えで、自分の足で生産者のもとに通うようにしたんです。食産業に限らず、産業をまたいで峡南を見ることにしました。そうしたら、豊かな自然資源を活用した和紙産業などのモノづくりや、温泉や農泊など観光業といった、地場産業の素晴らしさに改めて気づいたんです、『あれ、何もなくないわ』って」
いまは「何もない」。だからこそ、自由な発想で「何でもできる」。
この可能性が佐久間さんを突き動かしている。
佐久間さんは料理人として、食はもちろん、地域の地場産業全体を「料理」して提供するために挑戦している。
「峡南の担い手の方々、やたらと個性が強いんですよ。自分も含めてですが(笑)
質問を1個聞いたら、10の答えが返ってくる。それだけみんなが、自分のやっていることにこだわりと誇りを持っている。
これらもあわせて『峡南の魅力』として磨き発信することで、地元外の方にも「峡南すごいね!」と言ってもらう。そうすれば、たとえば自分の子供も『峡南ってすごいんだぜ』と言えるんじゃないかなぁと。それを目指しています」
地元を代表する名店の二代目として、そして峡南に生きる一人の板前として。
「食」を通じて、峡南を自慢のふるさとにする―佐久間さんのチャレンジは、これからも続く。