1人のフリーランスのデザイナーが、「青森の良さを自分なりの切り口で伝えていきたい」との思いから開発した商品「おやさいクレヨン」が、地域やサステナビリティのテーマに関わる人たちの共感を呼び、大きく広がった。文字通り、顔料に野菜を活用したクレヨンだが、ユニークなのは「捨てられるはずだった野菜」を使っていること。各地の特産品を活用した商品も次々に生まれ、クレヨン以外の展開も広がっている。
そもそものきっかけは副業
おやさいクレヨンは、mizuiro代表の木村尚子さんが2013年から開発に取り組み、2014年に発売した。木村さんは青森市内の制作会社でデザインの仕事をしながらシングルマザーとして子育てもこなしていた。長女の小学校入学を前に、仕事や生活をどうするか、悩んでいた。1年生が学校にいるのは昼過ぎまで。
「その後、学童クラブで過ごしたとしても午後6時までで、仕事を終えて迎えに行くことはできません。冬場の青森は寒く暗いので、1人で帰らせて家で待たせることに罪悪感と葛藤を覚えました」と木村さん。いわゆる「小1の壁」に直面していた。
結局、フリーランスデザイナーとして独立し、増えてきたデジタル系の仕事やウェブデザインなどを手掛ける中、オンラインショップを開設。海外の文具を仕入れて販売した。
「これがちょこちょこ売れて、おもしろくなってきました。だったらオリジナルの商品を作って売ろう、と。書くことに関連するものがいいと思って、ちょうどその時に好きだった藍染めの藍をインクにできないかと考えました。藍染展を見に行って、天然の色に魅了されていたんです」
転機になったのは、「6次産業化」を支援するアドバイザーとの出会い。6次産業化は、1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業などを組み合わせる取り組み。事業化を目指して研修や交流会に参加する中で縁ができ、「藍インクの実現に向けて相談においで」と声を掛けられた。
「おやさいクレヨンseason2」のパッケージを手にする木村さん。おやさいクレヨンは多くの賞を受けている
「藍の色だけでなく、他の色もあったらいい」という話の中から、野菜を活用する構想が固まっていった。木村さんは以前、夕飯の支度をしながら野菜の色の鮮やかさを感じ、「野菜の色で絵を描いたらおいしそう」と思ったこともあった。東日本大震災後の緊急雇用対策の補助金を活用し、人を雇用するとともに開発資金にあてる計画を立て、2013年7月から商品開発を本格化した。商品化を検討する中、インクに加工する案は早々になくなった。液体成分の多いインクにすると、野菜の成分が変化することが懸念されたためだ。一方で、油で固化するクレヨンであれば、その懸念はないと思われた。
おやさいクレヨン Japan Blue
クレヨンの市場を調べてみると、大手メーカーのほかに、「自然派」など特色を持つ商品のマーケットがあることも分かってきた。クレヨンは、子どもが最初に使う画材でもあり、親の目線で見ても「安全・安心」が大事な商品と思えた。入園・入学時のギフトとして使われることも多く、ギフト用のクレヨンは一般的なクレヨンの価格の数倍、中には約10倍の価格がついているものもあった。
野菜を使ってクレヨンを試作してみると、発色した。そこで、(1)野菜で色を出す、(2)国産、(3)安全・安心の3点をコンセプトにした。
おやさいクレヨンなどに利用する野菜などのパウダー
商品で青森の良さを伝えたい
当初は、原料の野菜も商品の製造も青森県内で、と考えた。
「青森の人の県民性として、あまりでしゃばらない、主張しないということがあるのではないかと個人的に感じていました。すごくいい素材がたくさんあるのに、魅力を伝えきれていないのではと、販売の素人ながら感じるところがありました。食べること以外で青森の野菜を自分なりの切り口でPRできるかもしれないと思いました」
青森で青々と育つ野菜
捨てられるはずの野菜を使うという考えは、偶然から生まれた。農家を回り、どんな野菜が使えそうか調査している中で、畑の片隅に大量の野菜が積まれていることに気が付いた。
「なんのために、と聞くと、ちょっと色が悪いとか、形が悪いとかで、規格外で出荷できない野菜ということでした。食べられる野菜を文房具にすることには少し抵抗感がありましたが、捨てるものを使うのであれば、その問題もなくなります。当時はまだ、“SDGs(持続可能な開発目標)”や“アップサイクル”などとは言われていませんでしたが、主婦的な感覚で、これがいい、と思いました」野菜を使うクレヨンに新たな価値が生まれた。
クレヨンを製造してくれそうな工場は、青森でも東北地方でも見つからず、全国的に探すことにした。その中で、名古屋市の(株)東一文具工業所に行き着いた。東一文具は、みつばちが巣作りのために出す「ミツロウ」などを使った「人にも地球にもやさしいクレヨン」を開発・販売し、YouTubeで「クレヨンの作り方」を公開していた。他にYouTubeでそうした情報を出しているメーカーはなかった。電話で連絡を取ってみると、「今までにない新しいクレヨンを作りたい」と賛同してくれた。
クレヨンは名古屋の老舗メーカーで職人の手作業で製造された
廃棄予定の米ぬかから抽出した米油、ライスワックスを使い、りんご、ごぼう、むらさきいも、ねぎなどの廃棄野菜をパウダー加工したものを混ぜ合わせ、野菜を溶かしたワックス原料を成型することにした。商品名はシンプルに「おやさいクレヨン」と決めた。パッケージのデザインは木村さん自身で。従来のクレヨンで多かった原色を強調するのではなく、「畑の世界観」を大事にした。2014年2月、東京インターナショナル・ギフト・ショーで、完成した商品を初出展。一般ブースの半分ほどの広さの「アクティブクリエイターズ」での展示だったが、初日にテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」の「トレンドたまご」コーナーで取り上げられた。翌日はNHK「おはよう日本」で放送されるなど、大きな反響を呼んだ。商談も成立して、ロフトや東急ハンズでも販売ができ、売れ残りも覚悟して作った2,000セットは2週間で出荷先が決まった。
「追加製造をしなければいけなくなりましたが、季節が開発時の秋から春になっていて、原料となる野菜は同じものが調達できませんでした。そこで、フキノトウなど春の野菜を使ってseanson2として販売したところ、それもまた結構好評でした。その年の秋にはseason3をつくりました」
企業・自治体は理念に、消費者は安全性に共感
その後、海外販売も増え、事業が拡大したため、2014年に個人事業から法人化した。メディアの取材も途切れず、「ありがたいことに、発売以来、一度も広告費を使ったことがないんです」という。
10本セットで2,000円あまりという価格だが、大半がギフトとして支持され、活用されている。また、売り上げの大きな部分を占めるのが、企業や地方自治体、地域の観光や活性化に取り組む団体とコラボレーションで開発し、販売しているOEM(相手先ブランドによる生産)商品やコラボ商品だ。ではなぜ、おやさいクレヨンは、これほど共感され広がったのか。企業や自治体と、一般の消費者とでは、そのポイントに違いがあるようだ。
「企業などの場合は、廃棄するものを使うなど、アップサイクルやSDGsにつながる理念について言われることが多いです。自分たちも何かしたいと思っていたところで、おやさいクレヨンを知ったので、という問い合わせが多いです」と木村さん。一方で、一般の人の場合は、「規格外野菜や廃棄予定を使っているから、アップサイクルだからと言われることはほとんどありません。子どもが小さくて何でも口にしてしまうので、安心して使えるのがすごくありがたい、という声が圧倒的です」
企業や自治体が「地球にやさしい」「フードロスの削減」などSDGs的な視点をビジョンや事業展開で打ち出すことが増えている。しかし、意図がいいからといって、消費者に受け入れられてビジネスとして成功するとは限らない。おやさいクレヨンは、消費者は「安全性」に付加価値を感じて通常のクレヨンより高い価格でも購入し、理念を生かした製品の定着と拡大につながっている。企業活動の社会価値がますます重要になる中、おやさいクレヨンの成功は、消費者目線に立った商品価値との両立を図るモデルともなりそうだ。
保護者にとっては食の大切さを伝えるツールにもなる
地域課題解決と消費者の需要を掛け算する
事業拡大もあり、2024年9月に会社を東京に移転。おやさいクレヨンの開発を始めたころ小学生だった長女の大学進学も契機となった。10周年に合わせ、10色のラインアップに、開発のきっかけでもあった日本藍を組み込み、たけすみ(竹炭)とともに「日本色」を強めた。青森県産の野菜だけ、規格外の野菜だけでは足りなくなり、カット野菜の工場で必ず出る廃棄予定部分を活用するようにもなっている。しかし、さりげなく、しっかり青森をアピールしている。パッケージ写真でそびえ立つのは、雪を抱いた「津軽富士」こと、岩木山。
「規格外野菜など残渣の問題を含めて、地域課題の解決のため、手伝ってもらえないかと問い合わせがあれば、できるだけその地域に合ったものを企画して貢献していきたいと思って取り組んでいる」と木村さんは話す。
青森への思いを込め、「津軽富士」こと、岩木山の写真をあしらっている