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まちを拓く人
更新日:2024年07月10日

牛の糞尿を再エネに SDGsの先駆者・上士幌町の挑戦

ライター:

【今回の取材地】

【今回の取材地】
北海道/十勝・上士幌町
面積:696㎢
総人口:4807人
人口密度:6.9人/㎢
隣接自治体:士幌町、本別町、足寄町など
(2024年5月末時点)

上士幌町のサスティナブルな取り組みの概要

2020年10月、内閣総理大臣に就任した菅義偉首相(当時)は、2050年までに温暖化ガスを全体としてゼロにするカーボンニュートラルの実現を発表した。翌年には地球温暖化対策計画が閣議決定され、この流れは加速。

SDGsやESGの言葉も浸透したサスティナブル社会で、脱炭素システムとサーキュラーエコノミーの構築はあらゆる自治体、企業の課題になっている。

そんななか、北海道十勝にある小規模な自治体・上士幌町の取り組みが注目を集めている。人口が約4,800人、牛の数が約4万7000頭の町では牛の糞尿をバイオガス燃料として発電し、電気ビジネスを行うなど、サーキュラーエコノミーを実現している。

上士幌町は、2020年に日本政府が主催する第4回「ジャパンSDGs推進副本部長」賞を受賞したほか、2021年には「SDGs未来都市」、「自治体SDGsモデル事業」に、2022年には第1回「脱炭素先行地域」に選定されている。官民のキーパーソンたちに話を聞いた。

車の前に立つ男性

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ドリームヒルのバイオガスプラント事業を語る宗像さん

長年の課題、牛の糞尿を町全体でエネルギーに転換

上士幌町内では現在、7基のバイオガスプラントが稼働中だが、その中の2基を運営する農業生産法人・ドリームヒルで、バイオマス発電事業を担ってきたのが宗像正志さんだ。

「2014年頃から町の酪農全体で規模の拡大が進み、家畜の排泄物の増大が課題になりました。適切な糞尿の管理が必要となり、町が中心となって、バイオガスプラント構想がスタート。町やJAなどは町内の酪農家から糞尿を集積する集中型プラントの設置を決めた一方で、ドリームヒルは大規模牧場のため、個別型プラントとして進めることになりました」

ドリームヒルの設立は2003年。4戸の酪農家が集まって誕生した。その後、設備投資を行い、現在では乳牛の飼養頭数が約4,500頭、年間の生乳生産量が4万5000トン、従業員が約90人という国内有数のギガファームに成長した。そんな牧場の悩みの種だった牛の糞尿問題。牛一頭は1日40〜50キログラムの生乳を生産するが、糞尿はその倍近い70〜80キログラムも排泄する。

「私は元農協職員でドリームヒル牧場を法人として立ち上げる際の担当者でした。その後、長年勤めた農協を定年退職するタイミングで、同い年の小椋社長から、〝バイオガスプラントをやる人がいないから、あなたがやってや〟と言われたんです」

そう笑って振り返る宗像さん。バイオガス事業の経験など、一般的な牧場にはあるはずもないが、農家に対する経営指導から、金融サポート、行政資料の作成までさまざまな知見を持っていた宗像さんに白羽の矢が立った。どの地域でも、100%の経験や実績を持った人材が不足する中で、間接的であれ、培った知見や人脈を活用して核となれる人材が、特に立ち上がりの時期には必要だ。

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バイオガスプラントで発酵中の糞尿

資源の徹底活用でサーキュラーエコノミーを実現

「糞尿は発酵槽2つで40日間かけて、40度の熱で発酵させ、その過程で得られるバイオガス(メタンガス)を電気・熱エネルギーにします。第1プラントで発電した電気は北海道電力に全量売電されます。第2プラントはドリームヒルで使う電気の自家消費が目的で発電しています」

酪農王国の十勝管内では、その後、バイオガスプラントが続々と誕生しているが、解明されていないことも多く、改善に向けた取り組みは続く。

「ガスの出力が上がったり、下がったりするのですが、なぜかはよくわかっていません。また、例えば、現在40日間かかっている発酵期間を短縮できたら、生産性を向上できます」

牛の糞尿を電力に転換するだけでも画期的だが、それだけではない。さらなるサーキュラーエコノミーがある。

ドリームヒル内にて、熱源を活用したハウス栽培

ドリームヒルでは発電時の余剰ガスを利用してイチゴ、ブドウなどを栽培している。処理されたメタンガスは地下の管を使ってバイオガスプラントからビニールハウスの貯蔵設備へ。ガスボイラーで作られた温湯はビニールハウスへ送られ、施設の熱源となる。

グループ会社のドリームドルチェでは、この果物と生乳を使ったアイスクリームなどを製造・販売する。ギガファームならではのスケールメリットだ。

なお、発酵後の糞尿は最終的に、固液分離されて、固体は牛舎の敷料として再利用され、消化液と呼ばれる液体は液肥として再利用される。資源を徹底的に活かすことで、究極のサーキュラーエコノミーが成立しているのだ。

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ドリームヒルが導入しているロータリーパーラー

官も民も最先端のテクノロジーを積極的に導入

ドリームヒルには30ヘクタールもの広大な敷地があり、牛舎は20棟もある。24時間稼働するロータリーパーラーは一度に50頭の搾乳が可能だ。

2020年より稼働し、最小労力化を目指している「ロボット牛舎」では、最新鋭のロボット搾乳機、自動飼料散布機、自動給餌機、バーンスクレッパー(除糞機)、牛群管理システムなどを導入している。

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ドリームヒルが導入しているロボット牛舎

「これまで手作業してきた搾乳はもちろん、ベッドメイク、餌やり、餌寄せ、除糞、牛群管理の工程全てにロボットやシステムを用いることで、〝人の手や力、目〟のみに頼ることのない酪農形態を実践できています。海外出身の労働者も多く、人も牛も快適な環境を目指しているのです」

人口減少による労働力不足のなか、働きやすさの追求はどの業種においても解決・改善すべき大きな課題だ。

「安心・安全、良質でおいしい牛乳や牛肉の生産、提供は酪農業を営む私たちにとって、普遍的なパーパスです。対応すべき技術、経営の研鑽に日々努め、近年、農業分野で活発化し始めたIoT、ICTシステムの導入を図って、酪農業の近代化に取り組んでいきます」

テクノロジーの活用事例は、民間のドリームヒルだけではない。

上士幌町役場でも、ICTを活用した移動サービス「MaaS(Mobility as a Service)」の取り組みをすでにスタート。2022年から町内市街地を周遊する自動運転バスの定期運行を始め、実用化に向けて取り組みを進めているほか、ドローン活用による配送実証なども行っている。

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上士幌町役場でゼロカーボンを推進する山本さん

数的メリットの提示で住民の脱炭素設備導入を促す行政

脱炭素先行地域に選定された上士幌町。2050年カーボンニュートラル実現に向け、電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロを実現する役割を担う。脱炭素先行地域が活用できる環境省の「地域脱炭素・再エネ推進交付金」などを活用して、町民や民間事業者が再生エネルギーを導入するための後押し、太陽光発電等設備の導入支援、上士幌型脱炭素住宅助成により省エネ住宅建設への支援なども行う。

「私たちは、町民に対して、〝脱炭素のために、再エネを導入しましょう〟というよりは具体的に、住民目線でわかりやすく、例えば太陽光設備導入のために、〝この補助金を活用すれば、これくらい電気料金削減のメリットがありますよ。何年で資金を回収できますよ〟という視点でアプローチします。結果、直近の募集では予算上限にあっという間に達するほど応募がありました。最終的に、町が目指す脱炭素の目標達成することが重要ではないでしょうか」

上士幌町役場のゼロカーボン推進課で、SDGsと脱炭素に関わる事業に取り組む山本敦志さんの表情は明るい。

「組織が大きすぎたら、合意形成なども大変かもしれません。小規模だからこそ、スピード感を持って推進できているのはあるでしょうね」

山本さんが所属されているゼロカーボン推進課は現在8名。上士幌町役場の職員が半分で、他に総務省の地域プロジェクトマネージャー制度を活用した人材、北海道庁からの派遣者、地域おこし協力隊員に加え、内閣府のグリーン人材派遣制度を活用し、NTT東日本からは非常勤でゼロカーボンプロジェクトリーダーを派遣され、最先端の情報をインプットし続けている。

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上士幌町役場でゼロカーボンを推進する山本さん

町長のリードでトップランナーを目指す土壌

バイオガス発電に加え、自動運転バスにドローン活用など、上士幌町の取り組みは先進的だ。一体なぜ、官民一体となり、このスピードで実現できるのか。その一端が、ふるさと納税事業でも垣間見える。

今でこそ全国の各自治体が取り組んでいるが、町では制度開始直後の2009年から特産品開発のための補助金を生産者向けに準備し、官民一体で取り組みを開始。その後、順調に拡大を続け、2019年には累計100億円に到達した。

「町長は、初当選した当初から〝地方が生き残るには、首都圏との交流が重要だ〟と言い続けていて、ふるさと納税の取り組みもそうですが、有言実行で動きが早いです。アンテナの感度が高く、〝なんでも1番を目指さなきゃ〟というスタンス。実際、トップランナーはメディアにも注目されやすい。そういったカルチャーが町に根付いていますね」

上士幌町役場職員出身の竹中貢町長は、2001年の町長選で初当選して以降、現在6期目。前回の選挙でも「バイオマス発電によるエネルギーの地産地消や子育て環境の充実など、持続可能なまちづくりをさらに進めるとともに、情報通信技術を活用したスマート農業も推進したい」と訴え、無投票で再任された。中長期での計画におけるリーダーシップが着実に発揮されているのだ。

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地域商社カーチで事業統括をされている石井さん

官民で目線を揃えるコンソーシアム形成

行政と民間をつなぐ役割を果たす企業もある。上士幌町などが出資し、2018年に設立された地域商社のカーチだ。日本一広い公共牧場のナイタイ高原牧場の展望施設「ナイタイテラス」、「道の駅かみしほろ」を運営するほか、体験商品の企画・販売、そして、北海道初の自治体新電力事業なども行なう。

「上士幌町の人、素材、役割、ビジネスの架け橋になる会社にという思いと、上士幌町の価値を見出して、伝える会社にという思いを込めて、カーチは作られました。〝稼ぐ力〟の推進役となり、さまざまな地域経営に取り組んでいます」

上士幌町役場から出向し、事業統括としてカーチの舵取りを担うのは石井竜也さんだ。出資を受けている帯広信用金庫、十勝信用組合からも監査役を受け入れ、事業報告を一般公開。5期連続で黒字を達成中だ。

カーチの一部門に「かみしほろ電力」があり、バイオガスプラントで発電された電力の一部を町内の農家や事業者、一般家庭、公共施設などへ供給する。現在、上士幌町全体で、バイオガスプラントでの発電によるエネルギー自給率は、発電量ベースで見ると約100%だ。

橋の上にある岩

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上士幌町の糠平湖にある、貴重な観光資源「タウシュベツ川橋梁」

また、カーチと役場が事務局となり、観光地域づくりにおける合意形成を図る「上士幌町観光地域づくりネットワーク協議会」では、観光協会やJAなどに加え、十勝バスなどの民間企業ともコンソーシアムを組み、戦略的に町の観光活性化に向けた取り組みを行う。

ドリームヒル、上士幌町役場、カーチのキーパーソンそれぞれが、地域課題を解決するために同じ方向を向いて、その先に持続可能な未来を見据えていた。強力なリーダーシップを発揮する町長のもと、アンテナを張って、地域課題解決への取り組みを次々と実行していたら、SDGsを標榜する時代が追いついてきたと言うことだろう。

【参考文献】

上士幌町のお知らせ事例 <リンク>

ドリームヒルのバイオマス発電事業 <リンク>

上士幌町出資法人等経営状況報告書 <リンク>

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