まちを拓く人
更新日:2024年07月24日

スタジアムを交流拠点に!鎌倉インターナショナルFCの挑戦

ライター:

【今回の取材地】

神奈川県/ 鎌倉市
面積:39.66㎢
総人口:170,867人
人口密度:4,308/㎢
隣接自治体: 横浜市、逗子市、藤沢市など
(2024年7月16日時点)

概要

まちづくりの中核としてスポーツ施設が担う役割が高まっている。国はスポーツ産業の成長の柱として「スタジアム・アリーナ改革」に取り組んでいる。スタジアムを多機能化し、多様な世代の交流拠点となることで地域活性化の起爆剤となることを目指している。北海道の「エスコンフィールドHOKKAIDO」など官民連携の事例も注目されている。そんななか、神奈川の古都・鎌倉では社会人サッカークラブの拠点である民設民営のスタジアムが地域の関係人口を増やす場となっている。リアルな交流拠点を作るだけでなくデジタルも活用するなど注目されつつある。

笑顔で撮影に応じる鎌倉インテルの選手とサポーターら

鎌倉にインターナショナルなクラブを

湘南モノレール・湘南深沢駅(鎌倉市)の目の前に広がる人工芝のグラウンド「みんなの鳩サブレースタジアム」。ここは、社会人サッカークラブ「鎌倉インターナショナルFC(鎌倉インテル)」の本拠地だ。国内では1993年にJリーグが開幕。Jリーグ百年構想のもと、「地域に根差したスポーツクラブ」を各団体が進めてきた。鎌倉インテルは2018年1月にクラブを設立。

「僕はベンチやプレイヤーの気持ちはわからない。けれど、国立競技場にいる6万人の気持ちは分かるわけですよ。 その気持ちが分かる人って、実はクラブの中にあんまりいないんじゃないかと。 ワールドカップを観戦したら、各国のサポーターがその国を代表して国際交流をしている。そこに価値があるじゃないですか」と語るのは代表の四方健太郎さん。アクセンチュアでコンサルタントとして働いた後に独立。現在はシンガポールに住みながらクラブの代表を務めている。サッカーを起点に新しい機会が生まれるインターナショナルなクラブを作ろうと思い立った。

民間主導のスタジアム建設

鎌倉インテルのカテゴリーは神奈川県社会人リーグ1部。J1リーグから数えると7番目に位置する。元々鎌倉には人工芝のサッカーコートがなかったことから、サッカーができる場を作れば、クラブ以外の人も活用できるのではと考えた。十分な資金があったわけではないが、地元企業や市民の協力を得て2021年10月に自前のスタジアムを建設した。

「大きいスタジアムではないが、手作りのスタジアムを作ろう。プロに近い意識を持った人たちが来て、地域の人を楽しませて、交流ができるような手の届く感じで。そしたら、仲間が増えてスタジアムはあった方がいいとなるかもしれないとプロジェクトを始めました」と、ゼネラルマネージャー(GM)の吉田さんは当時を振り返る。建設にかかる費用1億8千万円のうち、約3千万円をクラウドファンディングで集めた。「鳩サブレー」で馴染みの豊島屋、エネルギー事業に関わる湘南菱油など地元企業からの支援も取り付けた。

民間だけでスタジアムを作るのは土地探しや資金的ハードルが高い一方で、四方さんの目指す「サポーター的横のつながり」は広がる。特定の地域で活動しながらも、接点のなかった企業や人々がともに新しい価値を創るために同じ方向を向くからだ。「赤裸々に作っている姿から仲間を惹きつけて、みんなで作る。成長しているさまも商品にしているので、僕らはプロセスエコノミーだと考えてます」と四方さんは語る。

試合を見守る鎌倉インターナショナルFCの四方健太郎代表(左)

内外の人を惹きつけるブランディング  

スタジアム建設と並行して進めたのがクラブのリブランディングだ。2021年1月、ビジョンとロゴをリニューアルした。中心となったのは河内一馬さん。監督とブランディングを兼務した。当初、クラブに見せ方のこだわりはなかったという。ヒアリングを重ね、人種や分野などあらゆる境界線を持たないクラブとして「CLUB WITHOUT BORDERS」というビジョンを定めた。ロゴはサッカークラブらしさを残しつつも、他にはない見た目を目指したという。青色と金色が混ざり合うマーブル模様は、地球、海の波紋、木の年輪などをモチーフにしている。クラブビジョンを反映したデザインだ。

河内さんがブランディングにこだわったのは、見た目がかっこよくなると才能が集まってくるという想いがあったからだ。「鎌倉インテルのビジョンや世界観を見て、クリエーションしたいと思ってくれた人たちでこのクラブは成り立っています」と語る。選手をはじめ、クリエイター、運営スタッフの多くは、興味を持って自らチームに加わった人が多いという。

クラブに惹かれるのは、スタッフやサポーターだけではない。エネルギー事業などを営む湘南菱油(横須賀市)の大庭大社長もその一人だ。きっかけは、サッカーチームを探していた小学生の息子にクラブを教えてもらったことだった。ビジョンに共感し、ホームページの問い合わせフォームに社長自ら書き込んだという。「僕らの経営理念は鎌倉インテルそのものです。地域の人々の心を豊かにするというミッションと鎌倉インテルが目指すところが示し合わせたように同じでした」と笑顔で語る。クラブビジョンがチーム内外の人を惹きつけている。

毎週スタジアムで開催されている「シニア向け健康体操教室」

異業種人材が活きる場作り

鎌倉インテルには多様な人材が集まっている。コンサルティング業界出身の四方さんをはじめ、IT業界出身者や医療業界出身者などサッカー業界出身者ではない人材も運営に関わっている。「サッカーの専門家がいないところがいいと思っています。自分が持ってる専門性をうまくかけ合わせて価値を作ってくところがすごく好きです」と河内さんは語る。

スタッフの専門性を活かした活動の一つが、スタジアムで行われている地域のシニアを対象とした体操教室だ。担当する山口愛さんは、元々理学療法士として病院で働いていたが、未病ケアに携わりたい想いがあったという。「介護されるぐらいの人だと介護保険を使ってデイサービスに行けたり、 もう少し若い人だとスポーツクラブに行けるなどあると思います。ですが、その狭間の世代は意外と受け皿がないと病院にいる時からずっと思っていました。 元気な高齢者の人たちがここに来ることができるのは良いことだと思います」と笑顔で語る。

鎌倉インテルは、地域の産官学が連携して未病の改善や最先端医療の実用化を進める共同体「村岡・深沢ヘルスイノベーション社会実装コンソーシアム」にワーキンググループとして参加するなど地域住民の健康や福祉にも積極的に関わっている。「この場所があることで地域住民の生活が変わり、心と体にどんな良い影響を与えているのかを自分たちは示したい」と吉田さんも力を込める。

先行して行うデジタル投資

クラブのもう一つの特徴は、スポーツ業界でも先行してデジタル技術の導入を進めてきたことだ。ブロックチェーン技術を活用した非代替性トークン(NFT)によるクラウドファンディングや、デジタルアートの販売を行っている。デジタルという性質から、国や地域を問わず、交流人口を増やすことも可能だ。この取り組みは、スポーツ庁とSPORTS TECH TOKYOが共催する「INNOVATION LEAGUE コンテスト」で賞を取るなど業界でも注目されている。

人工知能(AI)の発達により社会で技術革新が進むなか、サッカークラブとしても最先端の技術を活用していくことが重要だと四方さんは考えている。クラブの代表、GM、両者ともIT業界に関わった経験があり、一定のデジタルリテラシーがあったことで積極的に技術を取り入れることができたという。「デジタルシフトは時間がかかると思っています。 じゃあ、やらないではなく、やるものはやるし、 そこにはまらない人たちもいるだろうという認識です。 健康体操教室のおばあちゃんたちは、 クラウドファンディングでも現金を握りしめてくるわけです。 これはこれでありがたいじゃないですか。僕らはそういう人も仲間になってほしいです」と四方さんは語る。

スタジアムに掲げられた看板。寄付者の名前が並ぶ

目指すは複合型施設

これまで「みんなの鳩サブレースタジアム」は、サッカーやヘルスケアを軸に地域内外で交流が生まれることを目的に運用されてきた。現在のスタジアムは2024年内に閉鎖し、近隣へ移転することが決まっている。クラブは移転や運営にかかる費用のうち約1億円をクラウドファンディングで調達することを目指している。鎌倉で一定の規模の土地を確保するハードルは高いが、移転を続けながらクラブが思い描くスタジアムに近づけていきたいという。

クラブが目指す理想は、行政施設・商業施設とスタジアムが一体化した複合型施設だ。具体的には、シンガポールにある複合型施設「Our Tampines Hub」がモデルだ。スタジアムやプールなどのスポーツ施設・公共サービスの窓口・飲食店・娯楽施設などが一箇所に統合された施設だ。これはスポーツ庁と経済産業省が提唱するスタジアム・アリーナ改革の姿とも合致する。「例えば、市役所や商業施設が入ってきて、複合型にすると人の回遊が生まれるじゃないですか。民間と役所がすぐにミーティングできる共同スペースがあったりして。そういう交わりが必要で、そこに価値があると思うんです。僕らの掲げる”CLUB WITHOUT BORDERS”は、超まじめな話です」と四方さんは語る。

「やっぱり四方さんが考えるスタジアム構想を見届けたいです。スタジアムに本社を置きたいっていう夢はありますね」湘南菱油の大庭さんもスタジアムに会社の未来を描いている。スタジアムが試合を観るだけの場所ではなく、誰もが活用できる公共の場として認知されるとき、地域活性化のハブとなり、国や地域を問わず人々が交流する場となるかもしれない。

試合に臨む鎌倉インテルイレブン

【参考文献】

・経済産業省 ” スタジアム・アリーナ改革 “ (2024年7月16日参照)

・スポーツ庁・SPORTS TECH TOKYO ” イノベーションリーグ・アチーブメント “(2024年7月16日参照)

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