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試みの交差点
更新日:2024年10月21日

洋上風力第1ラウンド事業地の銚子市 まちづくりが次世代を育む未来

ライター:

12年連続の漁港水揚げ量日本一を達成した銚子市は、今新たな取り組みに挑んでいる。それは洋上風力発電事業だ。再エネ海域利用法に基づき指定海域を30年間占用して、行う事業であり、銚子沖は、第1ラウンド着床式洋上風力発電事業3海域のうちの1つとして採択されている。脱炭素社会の実現に向けて、注目をあびる国策である。
銚子市や銚子商工会議所、銚子市漁業協同組合(以下、漁協)が進めてきた洋上風力計画に、国の公募により選定された洋上風力事業を推進する千葉銚子オフショアウィンド合同会社が加わり2028年の商業運転開始を目指して一丸となって取り組んでいる。銚子市沖に洋上風力を設けることに市民は何を感じているのか。漁業や銚子に馳せる思い、洋上風力にかける思いを、事業に関わる6人が語ってくれた。

左上から山㟢さん、間渕さん、大塚さん、左下から辻さん、林さん、伊藤さん

銚子市漁業協同組合 副参事 辻 勝美さん
銚子市漁業協同組合 係長 間渕 塁さん
銚子市漁業協同組合 大塚 恭輔さん
銚子市役所 企画課 洋上風力推進室 主査 林 慶彦さん
銚子商工会議所 中小企業相談所 相談所長 山㟢 偉広さん
千葉銚子オフショアウィンド合同会社 伊藤 要さん

漁港水揚げ量が日本一「でも」産業を継続できる市民がいないと意味がない

関東最東端の海に面した漁港の街、千葉県銚子市。日本で一番最初に初日の出が見られる犬吠埼や、ローカル鉄道銚子電鉄、伝統産業の醤油や、ぬれ煎餅など観光産業が盛んで、水産の街としても知られている。漁港水揚げ量は12年連続日本一の記録を誇る銚子だが、この街にも深刻な課題があった。それは住民の減少である。
銚子市役所の林さんは現状について「毎月100人ほど、年間1200人程度は減少している」と話す。市で生まれ育っても結婚を機に、他市に引っ越してしまうケースが多いという。

市役所の洋上風力推進室で勤務する林さん。洋上風力の誘致から事業推進をサポートしている。

駅前の商店街の様子からも、その実態が見て取れる。

「商店などの事業者が減少しています。事業としては黒字なのだけど、そもそも後継者がいなくて廃業してしまう事業者も増えてきています。シャッターが閉まっている商店などが増えており、子どもの頃から遊んだ場所、買い物に行っていた場所が減ることに対してやるせない思いを抱いています」と商工会議所の山㟢さんは話す。

2024年現在、再エネ海域利用法の促進区域に指定されている10地域のほとんどが人口10万人以下の小規模な地方都市であり、6万人弱の人口を有する銚子であっても、同じような課題を抱えている。地場産業の担い手が減少しているのだ。

2011年から商工会議所に関わる山㟢さん。10年以上にもわたる街の紆余曲折を見てきた。

銚子駅前の大きな商店街。市内では繁華性のあるエリア。所々シャッターが閉まっている。

洋上風力計画地域の共通した基幹産業である「漁業」もまた、難しい局面に立たされている。銚子に限らず、国内の漁業就業者は一貫して減少傾向にある。水産庁によると、2020年の漁業就業者数は13万 5,660人。漁業の就業動向調査をしている 2003年から、17年でおよそ1万人減少している。また新規就業者数も減少している。2019年は1,729 人、2020年は1,707人と2年連続で1,700人台となり、それまでは概ね毎年 2,000人程度で推移した人数が、近年はさらに減少傾向であることがみてとれる。

出典:水産庁令和3年度水産白書 第2章 我が国の水産業をめぐる動き(3)水産業の就業者をめぐる動向より

銚子市についても海面漁業経営組織の数は年々減少しており、銚子市の統計書によると、平成15年には180経営体だったのが、平成30年には106経営体まで落ち込んでいる。
「水産資源の減少も課題だが、何より現役の漁師はどんどんと高齢化していることが悩ましい。次世代の継ぎ手が集まらず、日本一の水揚げ量を誇る街を維持していくためにも担い手の確保と育成をしていかなければなりません」と、漁協の辻さん。

日本でも有数の水揚げ量を誇る銚子の漁港。それを支えるのが漁協だ。

地場産業の未来を憂いていた時期に、舞い込んできたのが洋上風力開発の話だ。今回の第 1ラウンド事業よりも数年前の2013年に、東京電力と NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の実証機の運転を開始した。

漁業との共存・共栄と、市民の意識転換

実証実験開始にあたり、東京電力と漁協は1年近くかけて話し合いを行った。海域に洋上風力発電の実証実験機を立て、風力を観測するが、その時のことを漁協の辻さんはこう振り返る。

「最初はね、未知なるものが海に設置されるということで、不安に思いましたよ。”何もない”ところに”何かが”建つわけですから。もちろん漁師で反対する者もいました。組合員には丁寧に説明をくり返し、意見交換や取りまとめなどをしていました。反対するものは多くいましたが、最終的には『国の事業なんだし、協力しよう』と意見がまとまり海域を提供することにしました」と辻さんは話した。

そのタイミングで発生したのが東日本大震災。震災後に起きた福島第一原発事故は漁協のメンバーにとっても、転機となった。”海辺の街に産業を設けるならば、洋上風力だったら産業として安全性があるかもしれない”という思いが芽生えたのだ。この意識の変化が大きかったという。

実証実験を通して感じたことは「あ、思ったより日常生活への影響が少ない。大丈夫なんだな」という安心感。洋上風力開発はデメリットだけではなく、メリットがあったことも安心材料となった。海底に埋められた風車の基礎(軸足の部分)が漁礁としての効果があるということが判明した。魚が集まり風車の周りに新たな漁場とも言える環境ができあがる。漁業関係者にとって最大の懸念事項である漁獲量や生態への変化をクリアすることができた。

展望台から見た風車の建設予定地

その間に市内では陸上風力も推進しており、市内各所で風車の姿を見ることができる。

林さんは「銚子冲の洋上風力だけではなく、市内では陸上風力の運転も数多くなされています。そのことで風力発電は住民への生活被害が少ないことを実感できていたのも市民の安心感のベースとしてあったように思います」と話す。

2020年の7月に銚子沖が再エネ海域利用法の促進区域となり、指定発電事業を進めることが決定された。再エネ海域利用法に基づいて国が定める「促進区域」でのみ実施される特別な事業である。銚子市沖は、日本初の一般海域での着床式洋上風力発電事業として第1ラウンドの3海域のうちの1つとして選ばれた。

長年漁協に勤めてきた辻さん。銚子の未来を真剣に、前向きに考えている。

事業者の決定とともに、洋上風力の開発にまつわる協議が始まった。その際に、漁業者の漁船の航路や操業エリアがあるため、風車の設置位置などの協議を重ねてきている。

「ただ私たちがものを言うだけではなく、もちろんたくさんの勉強もしました。今回の件に合わせて国内の視察地にいくつも足を伸ばしましたし、海外の事例もみています。直近では台湾と、北海道の石狩沖を視察しました」と辻さんは話してくれた。この事業にかける思いは漁業者たちも人一倍だったのである。

地域に根ざした事業者

2021年の公募で事業者に選定されたのは、千葉銚子オフショアウィンド合同会社だ。彼らは地元関係者の熱量が高いことを、ひしひしと感じていた。

「皆さんはすでに洋上風力の理解をするために、何年もの間すでに勉強会を重ねていました。なんて前向きな人たちなんだろうと感じたものです。おかげで私たち事業者も皆さんとすぐにコミュニケーションを取ることができたと感じます。」伊藤さんはそう言う。

同社がこのプロジェクトに関わりはじめた頃には、既に自治体、関係漁業者、市民らの洋上風力に対する理解が進んでおり、期待が高まっていた。その輪に溶け込み一生懸命に関わっていこう、市民の皆さんと共に邁進していくことの覚悟をきめたという。

「地元の人たちとほぼ毎日のように顔を合わせるわけです。仕事はもちろん暮らしの中でも顔を合わせていくと、より関係が深まる。その距離感が良いなと感じます。30年間、海域をお借りするわけです。人一人が子どもから大人になる年月を一緒に過ごすわけですから、誠意を持ちつつも腹を割ったおつきあいをしていきたい。私たちもそう思っています」と伊藤さんは思いを話す。

事業者として携わる伊藤さん。穏やかな口調でこの事業に対する信念を語ってくれた。

こうした事業者の覚悟がまた市民との結束力や信頼を深めていく。

「私たち銚子市に住まうものに対してどれだけ思いを持ってくれているのか、目を向けているのか。今、伊藤さんとご一緒していて”一緒にやっていこう”という思いがとても感じられていますよ」と辻さんは信頼を寄せる。

開発後の未来を見据えて、新たな産業を探る いま町でできることは何か

洋上風力の開発は時間を要し、促進区域の指定、公募による事業者の選定、環境アセスメントの実施、開発計画の策定や、官公庁への届出などを経て、ようやく開発工事が始まる。(2024年現在では)環境アセスメントを進めつつ開発検討を進めている状況。建設はまだ先のことであり、商業運転開始は2028 年。市と事業者の連携をしているものの、すぐに洋上風力の利益や恩恵がもたらされるわけではない。その間に市民や事業者で地域に新たな産業を産もうと可能性を探っている。

出典:資源エネルギー庁 HP もっと知りたい!エネルギー基本計画③より

現在、千葉銚子オフショアウィンド合同会社は、地域活性化につながる共生策を探っている最中だ。産業・観光・人材などあらゆる角度で施策を検討している。その一例が、風車の部材などの開発・輸送・設置工事の国内産業化だ。

「洋上風力の部材や機器の調達は現状国内では難しく、海外製品が主流です。難易度は高いが、これらの機器調達が国内で部分的にでもできるようになると、今後も続いていく日本の洋上風力開発の可能性は広がるのではと感じています」と伊藤さんは趣旨を話す。

国内で産業化し、サプライチェーンを構築できれば車のように輸出産業になる可能性もある。これは資源エネルギー庁も洋上風力産業ビジョンにあげており、長い時間をかけて育てていきたい事業だ。同時に地域での次世代リーダー育成や、銚子産の水産物や農作物を用いて、地域の看板商品を新たに開発、販売するなど、地域産業の構築に向けた動きも進んでいて、同社の出資企業のネットワークも活用し、農家と餃子製造会社が手を組み商品化された『アフロきゃべつ餃子』などの販売が始まっている。

市内の企業や行政も試行錯誤の一手を考えている。

林さんは「現在観光船に乗って海域をツアーするほか、それに合わせて市内の他の観光名所を巡るツアーができていることもあらたな可能性の一つだと思います。洋上風力事業の開発が進んでいる地域の中で、首都圏から比較的近いのが銚子であり、訪れる人が多い一方で、日帰りで帰宅できてしまう距離感なので、ぜひ宿泊してもらえるように今後は打ち手を考えていきたいと思っています」と今後について話す。

洋上風力はあくまで一過性の事業であり、まち全体の産業振興に資するきっかけとして地域経済のことを考えていく必要がある。

観光産業が盛んな銚子市

40年待ち続け、街の発展に思いを寄せてきた

運転開始後に発電した電力は、固定価格買取制度(FIT)に基づき電力系統に送られる為、電力の「地産地消」とはいかないのだ。洋上風力の開発、運転開始後に街の変化がすぐに起きるわけではないことは関係者もよく理解をしている。それでも辻さんは期待を寄せる。

「そもそも開発に何年も時間がかかるし、運転開始は2028年とまだ先です。けれど、海域を差し出して事業者に協力をして30年もお付き合いすることになる。ということは30年の間に雇用や新たなビジネスを生む可能性はあるわけです。今関わる私たちは当然高齢化していきます。30年後には、もしかしたら関わることはもうなくなっているかもしれない。しかし次世代のために生きる糧として何か残るものを生み出したかったのです」

関係性がしっかりと形成されており、インタビュー中も笑いにあふれていた。一丸となってやっていこうという気持ちが感じられる。

その根底には過去に何度も産業が誕生する期待を打ち砕かれた経験があったからだ。

辻さんは「銚子は昔から産業の拠点として何度も目をかけられていた。過去には何度も大きな産業が訪れるかもしれない、訪れない、という繰り返しをしていました。もちろん安全面の配慮ができた上での産業誘致ではありますが、市の発展のチャンスを逃してきたようにも感じているのです。今度こそ、大きな変化が生まれるかもしれないと、市の発展に賭けています」と心のうちを語る。未来をかけているのだ。

「銚子市はなんでも一番が好きなんだよな」と語る辻さん。願わくば日本第1号の洋上風力運転開始。

銚子の動向は他事業者や地域の人たちから、トップランナーとして注目されている。現在第2ラウンド、第3ラウンドと事業が動き出し、これらの事業者にとって先行して事業が進行する銚子は、お手本でもある。開発計画が始まった頃は、実際に事業を予定している地域の人が先行事例として視察に来ていたが、事業の動向だけではなく、まちの様子を含めて興味深く思う人・企業が足を伸ばしている。

「最近は視察受入の認知度が上がり、大学生や再生可能エネルギー関連以外の企業が研修で銚子を訪れています」と話す山㟢さん。

「こうして取り組みつづけることで、あちらこちらで”銚子の洋上風力”の存在を知ってもらえることは嬉しいことです。広く知れ渡ることで、なんだか銚子って面白そうだな、また銚子に住んでみたいな、住みたいなと思ってくれる人が増えてくれたらと私たちは願っています」と大塚さんは言う。

街が変わることは怖いことなのか。決してそんなことはない。その時に関わるものたちはポジティブな姿勢を見せたいと思っている。

「市民の皆さんには銚子のネガティブなことばかりではなく、良いことに目を向けて欲しいなと思う。こんなにいい街なんだよ、と思って残ってもらえるような、持続的な暮らしをするための資源があったらいいですよね」と間渕さん。

大塚さんも、市民や、いま他の地域で事業を検討する人たちに向けて明るい言葉を捧げた。

「何かを始める時にはどうしてもネガティブなことに目を向けがちだとは思います。視察に来る方々も興味を持って前向きに来る方もいれば、一方でネガティブな要因を探して視察に来る人も一定数おられる。もちろん全てがメリットばかりではないが、『どうしたらよいものになるのか』そういう思いを持ちながら過ごしていくのが街の発展につながるのではないでしょうか」

ここから数年、街がどう変化していくのか。関わる人もその周囲で興味を持つ者にとっても、洋上風力発電事業とまちの変化をこれからも追っていきたい。

銚子市の未来にかける思いを語る皆さん

【参考文献】

・農林水産省 “ 魚食文化を支える 人工魚礁を知ろう “  (2024年10月16日参照)

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