【今回の取材地】
面積:163.45㎡
総人口:164,002人
人口密度:1,003人/㎢
隣接自治体:浜松市、袋井市など
(2023年12月1日時点)
住所にはないまち、“神様の台所”「御厨」
静岡県磐田市には、御厨(みくりや)と呼ばれる地域がある。しかし、その地名は住所にはなく、かつてその一帯が「御厨村」という地域だったことから、今でもその呼び名で親しまれている。御厨は「神様=御(み)」の「台所=厨(くりや)」という意味をもっており、平安時代は神せん(神社や神棚への供物)を調達する場所であったと言われている。
現在、御厨という名前が使われているのは、「御厨郵便局」「御厨駅前交番」「御厨交流センター」そして、2020年に開業した「御厨駅」。御厨駅は、1987年に「多くの企業が進出しているこの地域に新たな駅を設置してほしい」という地域住民からの請願が受理された。そこから約30年かけて周辺の土地区画整理事業が進められ、2020年についに誕生した新駅なのである。
開業以来、御厨駅を中心にまちの活性化が進められている。
御厨のまちづくりのリーダー
御厨で生まれ育ち、現在御厨駅前でヘアサロンを営む川島靖貴さんに話を伺った。
御厨駅前でヘアサロン「Dream Catcher」を営む、川島靖貴さん
川島さんは美容院を経営する傍ら、市役所や地元企業と連携して御厨の地域活性化を推進する「御厨のリーダー的存在」である。今回の取材にあたり、市役所の方が取材対象として真っ先に推薦してくれるほど、川島さんのまちの活性化にかける熱量は高い。
神様の台所の意味を持つ「御厨」で、飲食のイベントを開催したいと考えた川島さんは、自身のヘアサロンを会場にカフェイベントを開催。イベントは500人もの人が集まり、大盛況で終わった。
川島さんは、自身のヘアサロンを会場にしたカフェイベントのほかに、まち全体を巻き込む「御厨 Dream Festival(以下、軽トラ市)」の実行委員長も担っている。
2020年の御厨駅開業に合わせて開催する予定だった軽トラ市。新型コロナウイルス感染症の流行の真っただ中だったため、開催を目前に断念せざるを得なかった。30年来の夢の駅の開業に合わせた大きなイベントの開催に、住民の期待は高かったことから、中止が決定した時の喪失感は大きかったという。
いち住民として楽しみにしていた川島さんも、軽トラ市中止を残念に思っていた。段階的に行動規制が緩和された2022年、御厨駅南口広場を会場に、2年ぶりの軽トラ市開催を決意。当時出店予定だった事業者だけでなく、地元の神社・寺院や市役所と連携して2000人を集客する大イベントを開催した。
新駅開業への期待と現実
「御厨のまちづくりのリーダー」である川島さんが中心となり、まちでは定期的にイベントが行われては、成功を収めている。しかし、御厨駅開業に合わせた「軽トラ市」も2000人を集客したが、もろ手を挙げて喜べる状況ではなかった。
1日に3000人が利用する想定で開設された御厨駅だが、実際の利用者数は1400人程度にとどまっているからである。まちの中心から御厨駅まで距離があるが、バス路線がないことから、駅の利用者数も想定ほど伸びていない。駅周辺は開業と共に整備され、1階にテナントが入居できるアパートも建設されたが、まちの活性化が達成されたとはまだ言えない状態だ。
2020年(令和2年)3月14日開業の御厨駅
誰にも便利な元気なまちへ
確かにまちには課題がある。
しかし、それ以上に御厨にはまちのポテンシャルも、活性化しようという地域の人の熱量もあると川島さんをはじめ、住民の多くが感じているようである。
軽トラ市も、「まちの活性化のきっかけになるのではないか」という御厨住民の期待が詰まったイベントだったはずだ。
軽トラ市当日の様子
地域の人が1人でも多く楽しんでくれるようにと、川島さんは地元の仲間と協力して出店者を募ったり、市のキャラクターや消防車を呼んだりしたそうだ。
川島さんの熱量に影響された面もあるだろう。しかし、「イベントを成功させたい、来る人を楽しませたい」という一人ひとりの思いが、2000人を動員するという結果に結びついたのではないかと思う。
「年齢を問わず、皆にとって便利で過ごしやすい、元気なまちにしたいです」と川島さんは言う。
すぐに達成できる目標ではないのかもしれない。しかし、御厨駅開業を30年かけて実現したように、一人ひとりの思いをつないでいくことで、そう遠くない将来、実現できるのではないだろうか。
御厨駅が開業し、今後は橋や道を整備する計画だという。まちはこれから着々と姿を変えようとしている。御厨の外から人を呼び込み、賑わうまちをつくるために、川島さんも新たなイベントを構想している最中である。5年後、10年後、「御厨のまちづくりのリーダー」は、御厨の人たちとどんなまちをつくっているのだろうか。
30年かけて新駅開業を実現した御厨地区の住民の熱量が、賑わうまちの姿を見せてくれるのが楽しみだ。
【参考文献】
- 磐田市「JR東海道本線「御厨駅」開業」(2023年6月13日参照)
- あなたの静岡新聞「25日に御厨軽トラ市 2年越し実現「磐田盛り上げ」50店出店へ」(2023年6月13日参照)
- 磐田市:磐田新駅南北連絡線「事業概要」(2023年6月13日参照)
- 統計情報リサーチ「御厨駅(JR東海)の乗降客数の統計」(2023年6月13日参照)
- 磐田市「令和4年版 磐田市統計書」(2023年8月1日参照)