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試みの交差点
更新日:2024年07月10日

高知をクリエイターの聖地に!地方で目指すアニメの産業化

ライター:

【今回の取材地】

高知県/高知
面積:309.00㎢
総人口:315,553人
人口密度:1,021人/㎢
隣接自治体:南国市、土佐市、土佐郡土佐町、吾川郡いの町など
(2024年4月1日時点)

概要

1990年代から全国でも先行して人口減少が進む高知県。2014年以降、国の地方創生の動きの活発化を背景に、県は産業振興計画のもと地域の活性化に取り組んでいる。そんな高知県が近年アニメ業界で注目されつつある。県内初のアニメ制作会社の設立をきっかけに、県と地方金融機関が連携してプロジェクトが立ち上がるなど県全体でアニメの産業化を目指している。

「高知アニクリ祭2024」に参加するエイトカラーズの宇田英男社長

地方をアニメクリエイターの聖地に

「高知でアニメ制作に携わる仕事ができるのはすごいこと!」

そう目を輝かせて語るのは高知県初のアニメ制作会社スタジオエイトカラーズ(高知市)で働く小松真那さん。漫画家を夢見ながら、6年間図書館の学芸員として働いていた。高知にアニメ制作会社ができると知り、転職した一人だ。そんな社員を笑顔で見守るのは宇田英男さん。この会社の社長だ。

アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した宮崎駿監督作品「君たちはどう生きるか」や、興行収入158億7千万円を記録した「THE FIRST SLAM DUNK」など日本のアニメ産業は好調だ。日本動画協会(AJA)によると、2022年の日本のアニメ市場は2兆9277億円となり過去最高を記録。政府もクールジャパン戦略を進めるなどアニメコンテンツへの注目は国内外で高まっている。そうした状況のなか、アニメ制作会社の地方進出が活発化している。

宇田さんは電機メーカーで経営企画を学んだ後、アニメ制作会社に携わり、2011年にアニメ制作会社スタジオコロリドを東京で立ち上げる。会社の成長に伴い採用活動を始めたが、ずいぶん苦労したという。特に実感したのはクリエイターの人材不足だ。アニメ関連企業の9割は東京に拠点を置いており、一極集中が業界の構図となっている。人材の取り合いがうまれ、確保ができても条件のいい会社に移ってしまう場合も多い。なかには家の事情で地方を出られない人もいる。人材の確保と育成が課題だった。一方、地方も少子高齢化で働き手が不足し、新たな雇用を生み、地域を活性化したい状況がある。両者の課題解決の一端になると感じ、地方でアニメを産業化できないかと思い立った。

「高知アニクリ祭2024」で行われたコスプレイヤーのイベント

拠点探しに5年。理想は資金、行政支援、教育が揃う場

地方進出の条件として考えていたのは、行政の協力、アニメを学べる教育の場があることだった。候補の一つであった京都は、学校があり行政の協力も期待できた。最終的に断念したのは、資金的な見通しが立たなかったからだ。当時は行政としても財政的に一産業に多くの補助金を出せる状況ではなかったという。北海道、愛知、岡山、京都、福岡と巡り、気付けば5年。最終的に選んだ場所は高知だった。

高知には専門学校はなかったが、県などが主催する漫画の競技大会「全国高等学校漫画選手権大会(まんが甲子園)」などアニメ産業が根付く土壌があった。県の協力のもと会社の設立や事業拡大をサポートするインキュベーションオフィスを活用できる見通しも立った。地元金融機関の高知信用金庫の支援も得られることから会社設立を決断した。

「スタートは背中を押してもらって、あとは自走できるようにするのが地方企業の理想。高知信用金庫さんが非常に前向きに取り組んで頂いてありがたい」と語る宇田さん。企業設立時の資金確保は地方進出のハードルであり、企業が進出できるかの指標でもある。

「高知アニメクリエイターアワード」に出席する宇田英男社長(中央左)と高知信用金庫の山﨑久留美理事長(同右)

「課題の共通認識化」でロケットスタート

高知信用金庫の山崎久留美理事長と初めて会った際、宇田さんは理事長にアニメの地域産業化を提案した。アニメ産業と高知が抱える課題は共通しているという想いがあったからだ。人材の確保と育成だ。全国でも先行して人口減少が進むなか、若者の県外流出をどう食い止めるかが長年の課題であった。

高知でならばアニメでこの課題を解決できると直接伝えた。可能性を感じてもらい、高知信用金庫をはじめ、いろんな方に協力してもらったという。2021年7月に会社を設立すると、翌年1月には高知信用金庫を中心に高知県、高知市、南国市、須崎市と県内報道機関が連携してアニメ産業の集積化と地域の発展を目指す「高知アニメクリエイター聖地プロジェクト」が始動。民間主体のプロジェクトを背景に県の「高知県アニメプロジェクト」も発足した。

民間と行政が一体となった活動は着々と進んでいる。4月に行われたアニメファンとクリエイターが集うイベント「高知アニクリ祭2024」は2日間で来場者1万6700人を記録した。新しい才能を発掘する「高知アニメクリエイターアワード」にはプロと遜色ないレベルと審査員を唸らせる多くの作品が集まった。小学館や集英社など業界を代表する会社もイベントには名を連ねた。

「高知アニメクリエイター聖地プロジェクト」では、アニメやコンテンツ関連企業の誘致や支援を担う施設の建設も決まっている。県は今年からアニメ制作会社の企業立地を対象とした補助金も新たに設けた。プロジェクトメンバーを突き動かしているのは、毎年人口が1万人減っていくなかで早くアクションを打たなければという差し迫った危機感だ。10年かかることもスピード感を持って行おうと当初から話していたという。

それぞれの強みを活かした連携のかたち

高知のアニメプロジェクトにおいてスタジオエイトカラーズは外せない存在だ。アニメ業界の情報だけでなく、業界内でプロジェクトの感触を知りたい時など宇田さんの存在が頼もしいという。

スタジオエイトカラーズとしても、県の協力は必要不可欠だ。県は行政の仕組みだけでなく、地元の関係性も提言してくれる。気軽にコミュニケーションを取れる関係性から生まれたプロジェクトもある。2023年に地元の高知小津高校が創立150周年を迎えた際には、高校生とエイトカラーズを県がつなぎ合わせた。アニメを制作したいという高校生の要望を踏まえ、エイトカラーズが制作のサポートを行った。子どもたちのなかでアニメが見るだけものから、作るものへと見方が変化していることを県も好意的に受け止めている。

「高知アニクリ祭2024」の職業体験ブースで子ども向けにキャラクターを描くエイトカラーズの社員

業界水準「以上」の就労体制・裁量権

スタジオエイトカラーズの取り組みとして特徴的なのは、正社員雇用、勤務時間の統一、幅広い仕事だ。企業として地方で根を張るため、業界では珍しい正社員雇用を行なっている。土日は基本的に休みにするなど労働環境の改善にも一役買っている。職種に関係なく、社員が同じ時間に働くのも業界としては珍しいという。集団で制作するアニメは、時間や場所を共有している方が作品にとっていいという想いがある。東京で運営するスタジオコロリド設立時からのこだわりだ。

また、地域のイベントやPR動画などアニメ番組以外の制作にも携わるため、社員が関わる仕事の幅も東京のアニメ制作会社より広くなっている。「高知アニメクリエイターアワード」で流れた女子高校生をモチーフにしたオープニング映像は、Uターン就職した佐藤時人さんが手掛けた作品だ。イベントでは、クリエイターの職業体験ができるブースも設置され、スタジオエイトカラーズの社員も参加した。「高知アニクリ祭2024」への参加はスタッフにとっては通常業務と並行しての準備だったが、多くの家族連れやアニメファンの来場に確かな手応えを感じたようだ。

高知がクリエイターにとって魅力的な選択肢になるキーワードは、地方の良さが見えること、東京と遜色なく働ける環境作り、教育の3点だ。

「僕は学生時代から都会の情報過多のなかにいたのでそれが当たり前だった。一方で地方の落ち着いた環境がいい人もいるので、選択肢があったほうがいい」と宇田さん。作品はクリエイターの日常生活が反映される部分も多く、スタジオエイトカラーズで働く従業員からは生活環境を重視する声が聞かれた。自然豊かな土地で働くことは「高知アニメクリエイターアワード」の参加者にも魅力的に写ったようだ。

今後、全国規模のテレビ局でアニメ制作が決まっているスタジオエイトカラーズだが、東京でビジネス経験がある宇田さんだからこそアプローチできる部分もあるという。「高知にいてもグローバルに展開できる仕事が生まれるのが理想。そういうプロデューサーが高知から生まれるといいなと思う」と語る。東京と地方の差がなく仕事ができる環境を作ることが今後求められる。若手だけでなく経験値のあるクリエイターに移住してもらいたい想いもあるが、その仕組み作りは模索中だ。

教育環境を整えることも急務だ。クリエイターが学べる専門学校が県内にはないため、専門知識を習得できる環境を作りたいと県は考えている。「教育をきっかけに人材の交流も生まれるのでは」と宇田さんも期待を込める。

笑顔で撮影に応じるエイトカラーズの宇田英男社長

マネジメント経験者の創業・人材への知見共有

クリエイターを増やすだけでなく、地方には多様な人材も必要とされている。宇田さんは元々電機メーカーの経営企画部門で予算の管理や会議運営を担当していた。

「毎日のように利害調整があった。金融機関や行政のそれぞれの立場を理解しながら物事を進めるのは、その頃の経験が活かされているかもしれない」と当時の経験を振り返る。お金の管理や、宣伝PRなど業界に捉われない共通スキルを持った人が活躍できる社会構造のなかで、アニメ業界はそうした人材が少ないと感じている。

高知県の産業イノベーション課産学官民連携室の川田博士室長も「宇田さんは仕掛けを作るところの感覚が良いと思っている。高知県として今後もそういう人材にきてほしい」と期待を寄せる。アニメ関連企業は県内にはまだ6社で、今後プロジェクトを継続的に盛り上げていくには、企業誘致をしていく必要がある。

アニメイベントに参加した家族連れは「高知でアニメ産業が盛り上がり始めているのは嬉しい。子どもの仕事の選択肢の一つになったらいいなと思う」と笑顔で語った。高知県のアニメの産業化に向けた取り組みは始まったばかりだが、描く未来は宇田さんだけのものではなさそうだ。

【参考文献】

・日本映画製作者連盟 ”2023年度(令和5年)興収10億円以上番組”

https://www.eiren.org/toukei/index.html (2024年5月19日参照)

・日本動画協会  ”アニメ産業レポート2023 サマリー版”

https://aja.gr.jp/download/anime-industry-report-2023_summary_jp  (2024年5月19日参照)

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