まちを拓く人
更新日:2024年09月04日

人とごみに優しいまちへ「KURAMAEモデル」

ライター:

概要

社会環境の変化のなかで、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)への意識が国内外で高まっている。企業や自治体も、「誰一人取り残さない社会」に向けて取り組みを模索している。そんななか、東京・蔵前(台東区)では、資源を無駄なく活用する循環型社会を企業と福祉作業所が一体となって進めている。国内では障害を持つ人は1000万人を超えており、働きやすい社会の実現が益々重要となっている。蔵前の取り組みは、アップサイクルと社会福祉を掛け合わせた新しい循環型社会の実践だ。

コーヒー焙煎処「縁の木」の白羽玲子さん(左)と上田眞紀さん

地域を繋ぐ「KURAMAEモデル」

下町の風情とおしゃれな雰囲気が混在する東京の蔵前。「東京のブルックリン」と呼ばれ、多くのカフェや雑貨屋が店を構える。そんな蔵前が近年「サステナブルな街」として注目されている。立役者は、蔵前発のアップサイクルプロジェクト「KURAMAEモデル」を推進するコーヒー焙煎処「縁の木」の代表・白羽(しらは)玲子さんだ。

アップサイクルは、本来捨てられるはずだったものに新たな価値を見出して商品化し、循環していくことを目指している。「KURAMAEモデル」は、地域の企業や学校と協力するだけでなく、福祉作業所と連携してサーキュラーエコノミー(循環経済)を展開しているのが特徴だ。福祉作業所は、障害や病気を抱えた人の就労や社会生活を支援する場であり、焼菓子の製造、袋詰などの内職を主に行っている。「KURAMAEモデル」では、資源回収や商品の包装などに関わっている。

縁の木は2014年に会社を設立し、コーヒー豆の焙煎事業を始めた。2019年から「KURAMAEモデル」の運営も行っている。起業のきっかけは息子に障害があるとわかったことだった。子育てと仕事の両立が難しいとされる通称・小一の壁を白羽さんは容易に想像できたという。加えて、障害を持つ人が担える仕事の種類も少ないことに不安を感じた。仕事の多様性を作り、地域へ出ていける環境を作りたいと思い立った。

KURAMAEモデルのイメージ図(KURAMAEモデル運営事務局提供)

地域課題の旗振り役になる

カフェが多い蔵前では、コーヒーのゴミがもったいないという共通の認識がある一方で、各事業者が対応するのは難しかった。ゴミを無駄にしない仕組みを作ってもらえたらという街の声を受けて、縁の木が主体となり「KURAMAEモデル」を考えた。

例えば、福祉作業所が回収した地域のゴミをアップサイクルメーカーが加工して製品化し、企業が仕入れて販売するといったサイクルを生み出している。商品によって企業や福祉作業所が担当する役割も異なるので、縁の木はコーディネーターとして調整役を担う。

「コーヒー豆は、船便で日本に持ってきて車で運ぶ。焙煎して二酸化炭素を出して、コーヒーとして飲んだら実は捨てられる。実は一回も口に入らない 。考え始めたらゴミだらけ。 蔵前はコーヒーの街だし、みんな個性のあるコーヒーでブランディングしている。じゃあ、 ゴミを減らす取り組みがあったらいいよねっていうところにつながりました 」と白羽さん。

これまで企業や福祉作業所と協力して、廃棄されるコーヒー豆を活用したクラフトビール・タンブラー・テディーベアなど資源を活かした商品を手掛けてきた。多様な取り組みが継続的に生まれているのは、縁の木が課題を持つ企業や福祉作業所を繋いでいるからだ。「対応策の集積がKURAMAEモデルだねと言われたことがあります。例えば、カフェでゴミの廃棄は高いよねって考えたら、価値を作って有価物としてやっていこうとか。福祉作業所が作る商品の品質の保障が難しいってなったら、品質の保障はKURAMAEモデルで受けるよといったように対応策がある 」と白羽さん。雑談から地域のニーズを把握をし、商品化に繋げている。

コーヒー豆を使ったテディーベア(左)とタンブラー

効率化を一番に考えない

白羽さんが福祉作業所と連携するうえで大事にしていることは、施設の利用者が負担なく作業ができ、製品化の過程でなくてはならない仕事を担うことだ。例えば、パンの耳を使ったクラフトビールを製品化した際には、醸造所からパンの耳を焼いて使いたいという要望があがった。賞味期限を伸ばし、ビールに香ばしさを加えるためだ。多くの福祉作業所は菓子を焼くオーブンを所有しているため、この業務を担当できる。普段行うクッキーを焼く作業と大きく変わらず負担は少ない。オーブンが稼働していない時間を有効活用できるメリットもあった。利用者が習得している既存の技術や習慣を活かしながら、簡単には切られない役割を担うことを意識している。

「マニュアルが厳然としてて、 そこに何も知らない人が入るのが今の効率化の流れですが、それとは真逆です。福祉作業所の事情に合わせてマニュアル側が合わせていきます」と白羽さんは力を込める。

ドリップバックの作業をする浅草みらいどの利用者

活用できるモデルに  

福祉作業所は「KURAMAEモデル」を活用することで、地域や他の事業者とのつながりを作り、施設利用者に支払う工賃(作業代)の水準改善にも繋げている。縁の木では、テスト焙煎やブレンドの試作などで余ったコーヒー豆を使ったドリップバック「一期一縁」の製造を福祉作業所に委託している。粉状に引いた豆を施設利用者が計量・梱包・ラベル貼りまで行う。

台東区の福祉作業所「浅草みらいど」の職員・松川容子さんは、「縁の木から頂いているドリップパックの仕事が基盤になって、他の業者からドリップパックを詰める作業ができないかと声をかけて貰いました。”できます”とすぐに仕事を引き受けることができました。ノウハウがそのまま活かせて、取引価格のベースにもなるので、縁の木だけじゃないその先の繋がりまでバックアップしてくれたような実感があります」と笑顔で語る。2019年の厚生労働省が行った調査によれば、東京都の平均工賃は16154円だが、浅草みらいどでは2023年の平均工賃は26415円。2024年6月の平均工賃は5万円以上となり、工賃水準は向上している。

企業だけではなく、福祉作業所同士の繋がりも「KURAMAEモデル」をきっかけに生まれている。これまで区役所主催の販売会などでは積極的な交流が図れなかったという。白羽さんを介してイベントに参加することで、作業所の横の繋がりが強化され、利用者の意向や適性に合った事業所へ繋げていくことができた。

笑顔で撮影に応じる双葉食品の関明泰さん

小規模でも横に広がりのある取り組みへ

アップサイクルに障害者福祉の視点を組み込む考えは、地域で着々と広がっている。蔵前で酒屋を営む双葉食品の関明泰さんは、障害を持つ人が地域に出ていける環境作りを目指す白羽さんの想いに共感している。コンポストに生ゴミを入れる活動や、「KURAMAEモデル」のビール販売などで連携している。

「この取り組みに参加しないと、福祉作業所の働き方に気付かなかったと思います。自ら一緒に仕事しようとも思っていなかったので、素晴らしい取り組みだなと感じています。今までは酒を仕入れて売るだけでしたが、ストーリーを作って売るかたちにできたのも取り組みに参加して感じるようになったことです」と語る。

今年の秋には、県外の中学生が東京のSDGsをテーマに蔵前を訪問することが決まっている。「KURAMAEモデル」に関心を持った生徒自らが問い合わせ、最終的に約230名が学びに来るという。地元の企業や寺が協力して生徒を受け入れる予定だ。

「色々な人がそれぞれ縦のコミュニティに属してるときに、地域を良くして優しい地域になって、サステナブルでありたいよねっていうのは横だと思ってるんですよね」と白羽さん。「KURAMAEモデル」は地域の規模感や立場を変えても応用できる彩りのある取り組みにできそうだ。

笑顔で撮影に応じるコーヒー焙煎処「縁の木」の白羽玲子さん

【参考文献】

・厚生労働省 “ 令和元年度工賃(賃金)の実績について “  (2024年8月23日参照)

・厚生労働省 ” 令和4年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査):結果の概要 “   (2024年8月23日参照)

・東京都福祉局 ” 東京都工賃向上計画 “ (2024年8月23日参照)

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