まちを拓く人
更新日:2024年08月21日

無人駅を企業の社屋に!駅を核とした地域再生

ライター:

【今回の取材地】

兵庫県/姫路市
面積:534.56㎢
総人口:519,989人
人口密度:973人/㎢
隣接自治体:加古川市、高砂市、加西市 など
(2024年7月22日時点)

概要

利用者の減少や人員確保の難化などを理由に、全国では無人駅が増加している。国土交通省によると、国内に点在する無人駅の数は、2022年3月末時点で4776駅と全体の5割にあたる。こうした状況の地域は過疎化が進んでいる傾向にあり、無人駅の利活用が重要な要素となっている。そこで各自治体とJRは、持続的な鉄道の維持・運営に向けて、駅の整備など適切な規模に見直しをはかることに取り組んでいる。中には地域の中心地にあたる駅を起点とした事業を展開する民間企業なども続々と登場していて、今回取材した兵庫県姫路市のJR太市駅(おおいち)は、珍しい取り組みで注目を浴びている。

JR太市駅にあるカンリク社屋と井田正勝代表

無人駅が民間企業の社屋に

緑豊かな自然の中にひと際目立つ建物。JR姫新線の太市駅にそびえたつのは、兵庫県姫路市を拠点に、運送業や介護事業などを展開する関西陸運(以下カンリク)の本社である。全国で無人駅が増加するなか、駅舎をカフェや観光の発信拠点として利活用する事例は珍しくないが、地元の民間企業の社屋として活用された例は類まれだ。「当初は、姫路駅への移転を考えていた」そう話すのは、カンリクの井田正勝代表。経営維持のため本社の移転を検討していた際、以前から交流があった当時の太市地区連合自治会長へ相談したことから計画のすべてが始まった。

JR太市駅の無人改札

「駅の再生」が地域再生への第一歩

JR姫新線は、兵庫県の姫路駅と岡山県の新見駅をつなぐローカル線で、沿線上にある36駅のうち29駅が無人駅だ。2010年頃、姫路市は姫新線の利用促進を課題とし、姫路駅から15分と利便性の高い太市駅を皮切りに地域の活性化を目的とした駅の再整備に取り組み始めた。当時の太市駅における1日の平均利用者数は800人前後と総人口の半数。市外からの人の流入がほとんどなかったことから、単に駅を整備するだけでは根本的な解決にはならないと考えた。そこで、当時の姫路市都市局長・隈田絹夫さんは、駅と公民館を合築し「観光の発信拠点」を作ることで地域コミュニティの醸成を図ろうとしたが、公民館を管轄する姫路市教育委員会は提案を却下。なんとかできないかと打開策を模索していた際に舞い込んできたのが、カンリクの本社移転話であった。「行政では不可能なことも、民間企業なら可能にできるのでは」と隈田さんは感じ、太市駅の利活用をカンリクに提案した。

行政の不可能は民間企業の可能

「姫路で埋没するようなビルを建てるより、太市駅そのものを本社のビルにしないか?」 隈田さんの斬新な提案と地域活性にかける熱意に心を動かされた井田社長は、太市駅への本社移転を即決。地元に根付く企業を目指し、借地ではなく土地を購入したいと思い切った計画も投げかけた。それを聞いた隈田さんは、駅の機能も兼ね備えた「待合空間とトイレの設置および管理・運営」を条件にJRへ土地の売却を交渉。およそ半年で承諾を得ることができた。駅の再建は、利用促進による利益が見込めることから、JRにとっても好都合であったのだ。「JRが民間企業にまとまった土地を売却するのはおそらく初めてだろう。行政側の隈田さんが、カンリクと真摯に向き合いスピード感を保ちながら尽力してくれた」と井田社長は振り返る。双方にとって有益な駅の活用方針を探ることで、交渉期間を短期間で進め、合意形成ができたのである。こうして、カンリク・姫路市・JR西日本・太市地区連合自治会は4社で協定を結び、カンリク主導で地域のコミュニティ醸成を図ってきたのだ。

関西陸運の隈田絹夫顧問(手前)と元太市地区自治会長の苦木隆幸さん(奥)

住民と足並揃え 地域コミュニティを再醸成

「こんなところで、何をするつもり?」近隣住民からそんな言葉もあがった。

計画が順調に思えた矢先、新たな壁が立ちはだかっていた。それは地域住民との共通意識の形成である。以前の太市駅は閑散としていて利用をあえて避ける人も多く、社屋の移転による活気回復を期待する人がいる一方で、快く思わない人たちもいた。行政が地域の再生を叫んでいても、新たな人口の流入を望まない声があがるのが、現場のリアルな反応だ。そこで井田社長は地域の声に耳を傾け、当初は3階建てで計画していた社屋を2階建てに変更した。外観も駅舎のようなモダンな雰囲気を残しつつ、会社のコンセプトを取り入れるなど地域住民と意見をすり合わせ、現在の形を完成させた。「次世代を担う子どもが自慢でき、帰りたいと思える場所を目指したい」と話す井田社長は、カンリク主催の季節にちなんだイベントの開催や、ロータリーに花壇を設置した。これまでになかった集う場を設け、顔が見える関係づくりも行っているのだ。

ボランティアで駅前の花壇を掃除する地域住民

「以前の太市駅は利用するのが怖かったが、今は朝から夜まで明るくにぎやかになった」そう話すのは、ボランティアで花壇を手入れする女性たち。週に3回ほど清掃で顔を合わせる時間は、日々の楽しみにつながっているという。また別の女性は「ここを乗降する学生や働く人たちとの会話が自然に生まれるようになった」と、環境の変化も感じているようだ。

地場産業に付加価値を 新ビジネスに着手 

社屋の移転は、新たな事業の展開や雇用の創出にもつながっている。午前10時すぎ、本社1階のカフェ&レストラン「ポラリス」では、平日の朝早くにも関わらず多くの人で賑わう。この店を展開するのもカンリクだ。一番のこだわりは、自社の畑で育てた野菜を活用したメニュー。飲食業だけではなく、農業にも着手し始めたのだ。舵を切るのは、本社移転計画に尽力した元姫路市職員の隈田さん。現在はカンリクの顧問として参画している。隈田さんは「太市にしかない魅力を付加価値にして提供したい」と土地柄を活かした無肥料・無農薬などにこだわり、太市をオーガニックの里にする目標を掲げているのだ。この時期は、トマトやナスなどの夏野菜、ブルーベリーの果樹など数十種類が栽培されていた。畑の主な管理は、カンリクが展開する介護施設のスタッフらが担っている。

カンリクが自家栽培を行う畑

計画を実現し見えた次の課題

構想から3年というスピードで実現させた駅への本社移転企画。コロナ禍も相まって一時600人まで利用者が減少した太市駅だが、現在800人ほどにまで回復している。カンリクによる駅の再生が、地域の活性化に一役買っていることは間違いないだろう。そんな井田社長が次に見据えているのは、働く場所の確保だ。地域コミュニティの基盤が確立された今、地域の活気を維持させるためには人口の呼び込みがカギとなっていて、カンリクは企業の誘致を計画している。ここで新たな課題となったのは、地域の市街化調整区域における土地利用の緩和だ。市街化調整区域とは、市街化を防ぐため商業施設や住宅などの建築を原則認めないエリアのことで、太市地区でも一定の割合を占めていた。そこで太市地区と姫路市は、独自で調整区域内の土地利用の緩和における制度の条例化を進めた。現在は他地域からの受け入れ体制も整い、参入企業との調整が進められている。

笑顔で撮影に応じる関西陸運の(左から順に)井田正勝代表、山浦久子専務、隈田絹夫顧問

「地元に貢献したいという思いを持つ民間企業はたくさんあるが、何から着手すべきか企業側はわからない。地方を再生させたい行政と盛り上げたい民間企業をマッチングさせる仕組み、そこに取り組む人物が重要だ」と話す、井田社長。地域の過疎化に歯止めをかけるには、行政と民間企業が共通意識を持ち足並みを揃えて取り組むことが重要だ。カンリクによる駅の再生は、地域再生のヒントを示しているのではないだろうか。

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