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試みの交差点
更新日:2024年08月14日

大分県モデルが示す地域おこし協力隊成功のカギ

ライター:

概要

地方の人口減少対策として注目される地域おこし協力隊制度。しかし、2023年5月に起きた協力隊員と地域とのトラブルがSNSで話題になるなど、制度の運用には課題も多い。そんな中、大分県の地域おこし協力隊の定住率は71.1%と九州トップを誇り、全国的に注目を集めている。全国に35の地域おこし協力隊支援団体がある中で、大分県は何が秀でているのか。玖珠町の事例と大分県の協力隊サポートチームの独自の取り組みからは、「行政と協力隊員」の関係構築が結果的に「地域への貢献と定住」に実を結んでいることがうかがえる。

協力隊員を「パートナー」として捉える

玖珠町役場みらい創生課地域力推進班の幸野弘靖さんは「私たちは協力隊員を地域づくりのパートナーとして捉えています」と話す。

玖珠町役場と協力隊員は、月1回の定例会だけでなく、日常的な相談や情報共有を密に行う。協力隊員を町の様々な会議や行事に参加してもらい、隊員の自己紹介の時間を設けることで地域住民との交流を促進している。玖珠町役場と協力隊員との距離感の近さが協力隊員の主体性を引き出し、地域への愛着を深める結果につながっている。

地域との深い関わりが定住へ

2019年に大阪での会社員生活を辞め、玖珠町へやってきた清武直也さん。大学時代を大分で過ごした経験から、漠然と大分での生活を希望していた。

地域おこし協力隊員の任期満了後に玖珠町に定住した清武さん

当初は明確な役割のないフリーミッションの状態から活動を開始。3年後の定住を目標に、「地域になじむ」ことに注力した。地域の人との交流を大切にし、さまざまなイベントに参加する中で、地域の人々の仕事に対する姿勢に感銘を受けたという。

「自ら仕事を生み出し、地域のために積極的に活動する姿に心を打たれました」と清武さんは振り返る。この経験を通して地域への愛着を深め、その姿勢が地域にも認められたことで、任期終了後もキャンプ場管理人として玖珠町で活躍している。

役場の移住者への目配りが安心感に

「玖珠町では地域の人々の温かさに触れ、子育てがしやすい環境を実感しています」。そう話すのは金子雅一さん。2020年、コロナ禍で仕事が立ち行かなくなり、千葉県から玖珠町へ移住した。過去に四国で協力隊を経験したが、役場職員とのコミュニケーションを上手く行えなかったこともあり定住には至らなかった。玖珠町を選んだのは、移住フェアで出会った役場職員と地域おこし協力隊の距離の近さに惹かれたからだ。清武さんのアドバイスもあり地域に馴染む活動に注力した結果、お好み焼き店の事業継承の話が舞い込んだ。

玖珠町のお好み焼き店を事情継承した金子さん

行政と隊員を結ぶ第三者の存在

行政と隊員の関係が良好な結果、高い定住率を維持している玖珠町。その関係構築に大きく貢献をしている存在がいる。

「定住率の高さは結果でしかありません。そこに至るまでは、圧倒的な量のコミュニケーションが必要です」と話すのは、大分県地域おこし協力隊サポートチーム代表の古川寛さんだ。古川さんらサポートチームは、行政と地域おこし協力隊員の間にある認識の齟齬とコミュニケーションの難しさに着目し、独自のアプローチを展開している。

「齟齬の多くは『価値観の違い』と、それによる『共通言語の不足』から生まれています。協力隊員は都市部出身であることが一般的で、地方の文化や慣習に馴染みが薄いことも少なくありません。一方、市町村の職員はそのほとんどが、地域の文化や歴史に精通している地元出身者です」

玖珠町の場合、立場や背景の違いから生じる僅かな認識のズレを上手く埋めることができている。

「玖珠町がうまくいっているのは、行政職員と協力隊である前に、人として向き合う玖珠町の姿勢が協力隊の信頼を生み、それが職員側の信頼感にも作用する、という良いサイクルができているからでしょう」。

玖珠町の職員と打ち合わせをする大分県地域おこし協力隊サポートチーム代表の古川さん

日常に潜むそれぞれの「当たり前」

たとえば、都市部ではゴミ出しや道路・公園の維持管理といった行政サービスと、地域の自治会活動は分かれている。そのため自治会に入らなくても、決まった曜日にゴミを出したり、整備された道路や公園を利用したりすることは可能だ。

しかし、地方ではそうもいかない。行政サービスと地域の自治会活動は不可分な存在であり、道路や公園といった公共エリアの維持管理も地域住民が担う。都市部では自治会に入るかどうかは自由意志の問題だが、地方では自治会が行政サービスの一端を担っているため自治会に入らないとゴミ出しもままならない、といったことが生じる。「地域のために」活動しようと考える協力隊員なら、地域の規範やルールを理解し、実行できることはそのスタート地点と言えるだろう。

玖珠町の実景

さらに業務でも当たり前の違いによるすれ違いは発生する。地方では物事の意思決定が人間関係をベースに行われることもめずらしくない。特に幼少期から老年期までを同じ場所で過ごす人の割合が多いエリアでは、その傾向が強い。地域で生まれ育った行政職員にとってこのような暗黙のルールは「当たり前」であるが、都市部出身の協力隊員は理解できず、協力隊活動にも支障が出てしまう。

古川さんと打ち合わせをする玖珠町の職員たち

このように都市部と地方とでは、物事に対するスタンスや意思決定のプロセスが異なる。だが、それは言語化されることの少ない、いわば暗黙知だ。協力隊員も行政職員も双方が自分の当たり前を基準に物事を考えるため、小さな齟齬がいつの間にか無視できない大きな隔たりとなりえる。また、行政には平等・公平の原則がある。そのため行政職員が個人の見解を明らかにしたり、協力隊員と個人的な付き合いをすることは少ない。このような認識の違いがコミュニケーションの大きな障壁となっている。

行政と隊員の齟齬を可視化する

「そんなときこそ、協力隊サポートチームのような支援団体が必要です。私たちは隊員と行政職員の間に入って『通訳』したり、認識の齟齬を可視化するワークショップ型の研修や、協力隊の起業を支援する研修を開催したりしています」と古川さんは自らの役割を説明する。

地域おこし協力隊員に研修を行う古川さん

大分県地域おこし協力隊サポートチームは、地域おこし協力隊として知っておきたい地域や行政の仕組み、相互理解の方法などの基本的な知識を学ぶ初任者研修を主催している。さらにこれまでの活動の整理と今後の活動、任期後の活動を設計する2年目のステップアップ研修も行う。着任から任期満了後までの手厚い伴走支援は、受講者からの評価も上々だという。「通訳者」としての機能にとどまらず、協力隊員が地域になじみ定住できるよう、さまざまな角度から支援するのが大分県の協力隊サポートチームの大きな特徴だ。

さらに古川さんら協力隊サポートチームは、隊員への支援にとどまらず、行政の制度や運用に関する方向性についてもヒアリングを行う。制度や運用の内容はいわば活動の土台だ。細部にわたり意見交換を行うことで、職員と隊員の相互理解を促進している。「人と人との付き合いができているので『なぜそう思うのか』『それは違う』といった個人的な見解も返してもらえる」と古川さんは語る。

このような丁寧なコミュニケーションを通じて、協力隊サポートチームは行政への理解度を高め、行政も全幅の信頼を寄せている。そのことが、協力隊サポートチームの「通訳者」としての役割を可能にしているのだ。

信頼の獲得は「ないものを作る」という感覚から

地域からの信頼を獲得する前に、隊員が事業推進の中核を担おうとしても、上手く進まないケースは少なくない。

「やり方を学ぶのではなく、考え方を参考にしていただければ。地域おこしに正解はないので、協力隊と行政と住民が協力して、今はないものを一緒に作っていく感覚が必要です」地域おこし協力隊の活用について、古川さんはこのように話す。「地域のために何ができるか」という考え方や姿勢を通訳者であるサポートチームが研修を通じ徹底的に伝えることで、小さな活動が大きな事業へと波及していく。

サポートチームによる研修の様子

「少子化・高齢化・過疎化は、事実としては存在します。一方で、それを過度に問題視し過ぎてしまうことで、地域の方が自信を失うことに繋がってしまう場合もあります」

古川さんはそういった状態に陥った地域に対してこそ、小さなコミュニケーションや活動の積み重ねが重要だという。

「自信を取り戻すための視点が必要です。地域の行事に参加したり、作業のお手伝いをしたりしながら一緒に汗をかく。そういった日常生活の延長が地域の人を勇気づけます。その過程で、地域の良いところを話したり他愛もない会話をする。それは地元出身ではない隊員だけができる「新しい地域の魅力」の共有であり「気付き」となります。その積み重ねを続けると、地域の外の人も関心を寄せるようになる。そうやって自信を取り戻した上で初めて、地域の中で『何かやってみようかな』と思える状態になるのです」。

この考え方は、NPO法人ふるさと回帰支援センター・副事務局長の稲垣文彦さんが提唱した。地域おこしにとっては、その過程にある地域の人の心の動きに対する理解が必須であることを示唆している。

建設的な議論は好感や信頼感の上に成り立つ。逆に言えば、好感や信頼感なしに物事を動かすことはできないということだ。行政も隊員も最初から大きな成果を求めるのではなく、まずは地域住民との信頼関係の構築から始めることが肝要だ。その積み重ねが大きな波及につながっていく。しかし、地域の状況を把握できていない隊員がそういった心の動きや機微を敏感に感じ取ることは難しく、それゆえにサポートチームが通訳する必要性も出てくる。

丁寧なコミュニケーションが定住につながる

大分県の事例が示すように地域おこし協力隊制度の成功は、制度設計だけでなく、運用する行政の姿勢と、それを支える支援体制に大きく左右される。玖珠町の取り組みと大分県の協力隊サポートチームの事例は、行政と隊員の相互理解には地域目線であることや丁寧なコミュニケーションをすることの重要性を示している。

これらの取り組みを参考にそれぞれの地域が自らの特性を活かしつつ、協力隊員と地域の絆を深める努力を続けることが制度の成功、ひいては地方の活性化につながるのではないだろうか。

【参考文献】

・総務省 令和5年度地域おこし協⼒隊の隊員数等について(2024年4⽉5⽇参照)

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