【今回の取材地】
面積:61.78㎢
総人口:485,543人
人口密度:7,859人/㎢
隣接自治体:大阪市、大東市、八尾市
奈良県:生駒市、生駒郡平群町など
(2024年7月9日時点)
目次
概要
近年、オーバーツーリズムなどで一部の都市に観光客が集中している。地方観光にとって「分散」は大きなテーマだ。そんななか、大阪の布施(東大阪市)は、小規模ながら「新しい観光地」として存在感を発揮し始めている。商店街の空き家を宿泊機能のみに特化した部屋として改修し、町独自の食事や文化体験は外で消費してもらう。小さな周遊性が生まれているこの取り組みは「まちごとホテル」と呼ばれており、布施に留まらず他地域でも展開され始めている。
布施商店街に店舗を構えるSEKAI HOTEL Fuse(左)
まちを巻き込む分散型ホテル
大阪の下町、布施商店街(東大阪市)の一角にある婦人服店「キヨシマ」。扉を開けて一歩中に入ると、カフェのような雰囲気が漂う。ここは「SEKAI HOTEL Fuse」の受付だ。元々この場所で営業していた店の看板を残し、まちに溶け込みながらホテルを運営している。
「生まれも育ちも大阪ですが、布施には来たことがなかったです。大阪の人でも用がないとなかなか来ない地域です」そう語るのは支配人の久米佑宜さん。観光庁の宿泊に関する調査(2023年)によると、大阪の宿泊者数は東京に次いで多い一方で、大阪市内に集中している。布施が位置する中河内地域は全体の宿泊者数の1パーセントにも満たないとされている。そんななか、SEKAI HOTELが掲げる「まちごとホテル」のコンセプトは有効だ。宿泊・食事・風呂など本来ホテルでも完結できる機能を分散させることで周辺地域一体をホテルと見立てている。大阪市のような主要都市以外で、布施が訪問先の候補として上がれば、府内の周遊型観光を加速させることにつながる。
商店街の空き家を観光客の宿泊拠点へ
2018年9月に開業したSEKAI HOTEL。親会社「クジラ」(大阪市)は、不動産の売買・仲介・リノベーションなどを手掛ける。矢野浩一社長は、不動産業を営むなかで違和感を抱いたという。家の価格が東京と地方で全く異なることだ。東京にはない価値を地方で感じるなか、会社として活かせることはないか。答えの一つが自社のリノベーションのスキルを活かした空き家の活用だった。「SEKAI HOTEL Fuse」では商店街に点在する7棟の空き家を改修し、宿泊部屋として利用している。今後も部屋は増える予定だという。中小企業庁が2022年に行った商店街実態調査では、空き店舗が増加する見通しと回答した商店街は約50パーセントにのぼる。商店街の空き店舗数は上昇するなか、SEKAI HOTELは逆転の発想で観光地に変えている。
街の魅力を言語化
ホテルがテーマとしているのは旅先の日常だ。開業当初はコンセプトを理解して宿泊する人が少なく、アンケートには厳しい言葉が並ぶこともあったという。「客室が離れてたり、朝食を外で食べないといけないことへの抵抗感とか。 なるべく外に出てほしいのでテレビを設置していないけれど、それに対してコメントもありました。ホテルが楽しんでほしいと思ってることと、宿泊で来る方の目的の乖離が結構大きかったです」と久米さんは振り返る。布施の滞在を楽しんでもらうために、宿泊者がどうしたら商店街に繰り出したいと思うか、地元の人が宿泊客にどう応えてくれるかを考える必要があったという。
「合言葉が必要だというのは、ホテルを運営していくなかで見つけたことです。私は粋なまちって表現していましたが、まちで何が体験できるのかイメージしにくいと思いまして。直感的に行きたいと思える言葉にしていく必要があると感じました」と広報の北川茉莉さんは語る。SEKAI HOTELには拠点ごとにそのまちを表す合言葉がある。布施では「景気よくいこう」がテーマだ。布施のシンボルでもある商売繁盛の神様「恵比寿様(えべっさん)」をイメージしている。
チェックイン後に、ホテルスタッフ(右)から説明を受ける宿泊者
商店街を活かした体験コンテンツ
まちを楽しんでもらうための工夫は、独自の体験プランと合言葉を活かしたもてなしだ。食い倒れのまち大阪を思わせる一泊10食つきプランや、ホテルのキッズスタッフとして働く職業体験プラン、老舗和菓子店での手作り体験プランなどを用意している。元々は朝食と銭湯がついてるプランや素泊まりのプランだけだったという。「昔はよくゲストハウスみたいに語られることが多かったんです。コンテンツを用意しているホテルだと予約前に認知してもらいたくて。ソーシャルメディア(SNS)などで注目してもらえるプランをどんどん作っていきました」と久米さん。メディアへの露出機会が増えるなど、認知に一役買っている。
合言葉にちなんだ景気のいい雰囲気作りも欠かさない。例えば、宿泊者に引いてもらうおみくじは、必ず大吉以上が出るという。おみくじには周遊できるスポットも書かれている。子ども連れ家族、カップルなどそれぞれにあったおみくじをスタッフが渡してくれる。「大吉すごいじゃないですか !私たちもちょっと一肌脱がないと。 よかったら一つおまけしますよ」。商店街を巡ると、店先で時よりそんな会話が聞こえるという。「まちごとホテル」ならではのもてなしだ。
宿泊者と地域を繋げる仕組み作り
宿泊者とまちの人をつなぐ役割を担うのが「SEKAI PASS」だ。宿泊者はSEKAI HOTELと書かれた青いカードを身につけて商店街をまわると、地元の人が声をかけてくれたり、店でサービスが受けられたりする。自然と会話が生まれるきっかけとなっている。
元々はパスを提示するようにお願いしていたが、首から下げてもらうように変更したという。自分からパスを見せるのはお客さんの心理的ハードルが高いのではと考えての工夫だ。パートナーである地元の店にとっても、ホテルの利用者とわかれば、声をかけやすいというメリットがあった。「店の人からすると、このまちに興味を持って来てくれている人だと分かるので、頑張ろうかみたいなスイッチを入れてくれます」と笑顔の久米さん。青いカードを起点に交流が生まれている。
商店街のお店を紹介する「まちごとホテル館内MAP」
対等な関係で地元商店街と協業
商店街での割引や独自のサービス、おみくじのちょっとした演出などは、SEKAI HOTELに共感してくれる店の好意で成り立っているという。「仕組みだけを作ろうと思えば、後でお金を払えば成立するんです。だけどあくまで対等な関係を築きたかったので。お互い布施を盛り上げたいと思っている同士です。商店街の方々は近隣の方を楽しませるために日々頑張っていて、うちはその枠の外から人を引っ張ってくるのが仕事だと思っています。とりあえずやってみるわって旗を振ってくれた人達のおかげで今があります」と久米さんは力を込める。
これまでSEKAI HOTELは、ホームページでまちにもたらす影響をデータで公開してきた。宿泊人数、提携する店を利用した人数、空き家の解決件数など町へのフィードバックを大事にしている。今後は新聞も出したいと考えている。
雨晴海岸から望む日本海と山々
よそ者視点を活かした町の魅力発信
「旅先の日常に飛び込もう」というコンセプトは、地域の魅力を伝えたい他の地域からも共感を呼んでいる。2022年12月にはフランチャイズ(パートナーシップ事業)の第1号店として、富山県高岡市に「SEKAI HOTEL Takaoka」がオープンした。SEKAI HOTELのブランドやノウハウを活かしてホテルを運営している。きっかけは高岡青年会議所のメンバーとSEKAI HOTELの矢野社長が繋がったことだった。
「高岡を昔のように戻したいよね。もっとシャッターを開けて人に歩いてほしいよねって。高岡の人は、みんなその想いを持っていると思います」そう語るのは支配人を務める炭谷大輔さん。高岡の合言葉「やわやわブルー」の生みの親だ。やわやわは富山弁で、ゆっくり、そろそろなどを意味する。内と外に向けて「そろそろ高岡の魅力を発信しませんか」という想いと、「 ゆっくり高岡の魅力的な青を見てくださいね」というメッセージが込められているという。「僕たちからすると、立山連峰や雨晴海岸って日常なんです。生まれたときからあるので。でも、大阪からきたSEKAI HOTELの人が”あの青は普通じゃないですよ”って。青色を通してまちに飛び込みましょうとなりました」と炭谷さんは語る。宿泊者は31色の青が集められたカタログから、好みの青を選んでまちを散策する。当事者では気づかない日常の魅力を言語化し、体験に繋げている。
通常のフランチャイズとは異なり、合言葉に沿って各拠点ごとに企画を立てることができるのも特徴だという。高校生に自分たちのまちについて考えてもらう機会を作ろうと、宿泊プランを考えてもらう取り組みも行っている。「ゲストの方とまちをつなぐのが私たちの役割。それを担っていく子どもたちを育てる場所にここをしたいです。 高岡をどうしていくっていう話し合いをここでするような地域のコミュニティになれば 」。
観光地の分散化が進むなか、空き家を改修し宿泊拠点として小さな回遊へとつなげる動きは、地域経済、そして地域コミュニティを活性化させる新しいモデルケースになっていく。SEKAI HOTELの挑戦は続く。
SEKAI HOTEL Takaokaの炭谷大輔支配人
【参考文献】
・大阪府 ”大阪の延べ宿泊者数・外国人延べ宿泊者数”(2024年7月9日参照)
・観光庁 ”宿泊旅行統計調査”(2024年7月9日参照)
・中小企業庁 ”令和3年度商店街実態調査”(2024年7月9日参照)