目次
概要
2008年、地方創生を謳ってスタートした「ふるさと納税」。総務省が今年8月に発表した調査結果によれば、2024年の同制度利用者は1000万人を超え、寄付額は過去最高の年間1兆円を突破した。一方、過度な返礼品競争など運用の課題も浮き彫りになりつつある。そんな中、寄附の使途を“未来への投資”に集中し、注目を集めているのが京都府宇治田原町だ。一般的に、一次産業・文化芸術の振興や福祉・ハードの整備など、寄附の使い道は分散することが多く、投資の一本化が宇治田原町モデルの大きな特徴といえる。担当者は、このモデルは多くの自治体で横展開が可能だと語る。
子どもへの投資に特化する
宇治茶の中心的産地であり、日本緑茶発祥の地である宇治田原町は京都駅から電車とバスを乗り継ぐこと約50分の山間部に位置する人口9000人の小規模な町だ。京都の中心部とは異なり、のどかで静かな空気が流れるこの町で、ふるさとチョイスAWARD 2023の大賞にも選出された取り組みは生まれた。2020年に始まったその施策は「未来挑戦隊チャレンジャー育成PROJECT(通称:ミラチャレ)」と呼ばれる。
宇治田原町の茶畑
ミラチャレでは毎年大小さまざまな子ども向け事業が展開される。保育所と連携したサーキット運動、生徒の習熟度に最適化されるAIドリルの導入、特産のお茶を活用した新商品開発などだ。それらの取り組みの「全て」が、ふるさと納税で集まった寄附金で実施されるという仕組みとなっている。返礼品自体は多様で、宇治茶やその加工品が主流だが、人気が上がっているのは天然屋久杉で作ったシャープペンシル。寄附額5万円以上で選択できるこちらの高級シャープペンシルも、1本また1本と旅立っていくごとにミラチャレを通じた子ども挑戦が充実していく。
保育所でのサーキット運動
「変化を生みたい」という強烈な想い
2020年、ミラチャレ始動のタイミングから今に至るまで、取り組みを推進するのが宇治田原町役場・企画財政課の勝谷聡一さんだ。過去には町広報を担当していたことがあり、全国広報コンクールの総務大臣賞をはじめ、数多くのコンクールで受賞した実績もある。
ミラチャレが始まった経緯として「移住・定住を考えるうえで教育の質が大事。そこは庁内でも皆さん言われていました。でも、言うだけで終わっていました。僕は、それってできるんじゃない?と思って始めてみたんです」と勝谷さんは語る。
ミラチャレへの想いを語る、勝谷聡一さん
思考から行動までを最短距離で行く勝谷さんは、さっそく第一弾の取り組みとして、保育所でのサーキット運動導入に挑戦した。うんてい・平均台、そして鉄棒などを使って、子どもたちの運動能力を向上させるための取り組みだ。結果として、小学校入学前の同園年長児の逆上がり達成率は100パーセントとなり、子どもたちに成功体験をもたらすことができた。
先端プログラミング授業。自動運転システムに挑戦。
勝谷さんは当時を振り返って「以前からふるさと納税の寄附金を使って、学童施設の改修をすることなどはありました。素晴らしいことですが、もっとなにかできるんじゃないかなと。子どもたちの人生が豊かになったり、良い方向に変化したり、そういうビフォーアフターが欲しかったんです」と話す。
ふるさと納税寄附金の使途を一本化し、なおかつ子どもたちに変化が生まれる数々の取り組みは勝谷さんの強い想いとともにスタートした。
初動の協力者は地道な発信と対話が鍵
保育所でのサーキット運動はミラチャレにとって試金石となったが、その成功のきっかけとして「現場から“やりたい”の声が出てきたんです」と勝谷さんは話す。保育所側から「こういう内容にしてはどうか」などの提案が上がり、事業者と行政の理想的なコミュニケーションが生まれたという。その後、サーキット運動の成功をもとに、ミラチャレのフォーマットを固めながらプロジェクトを増やしていった。しかし町内のリソースだけでは多種多様な企画の受け皿になりきれない。勝谷さんはミラチャレと関係なく名刺交換をする町外の事業者に対しても、事あるごとにミラチャレの話を続けた。誰に対してもどこにいても、自ら発信を続けることで、協力したいと申し出る事業者は増えていった。
町内のコンビニにポスターを掲出。町全体への認知や協力で町民とともに推進
子ども向けの事業である以上、学校との連携も欠かせない。町内に3つある小中学校へ直接赴き、先生との対話も続けた。大都市では実現が難しいが、9,000人弱の町で先生の数も60名ほどだからこそ、全員と顔を合わせてのコミュニケーションができる。発信と対話の土台のうえに「地域に対する想いさえあれば小さな自治体でも真似できる仕組み」と勝谷さんは力強く話す。
他の自治体で真似できるかもしれない理由はもう1つある。宇治田原町には返礼品の花形である肉や魚や果物などの特産品がない。それ故に、寄附者を魅力的な特産品で呼び寄せるのではなく、子ども支援という社会的共感を得やすいメッセージで集めた。畜産や食品などの民間事業者に大きく頼らずとも、強い想いと共感を集める理念があればどこの自治体であってもロールモデルとして参考にできる仕組みだ。
読解力を高める絵本講座
次の挑戦は見える化
「ミラチャレは一つ一つのプログラムで何をしているかは見えます。ただ、これからはミラチャレ全体としてその価値や可能性を可視化したいです」と語る勝谷さん。
2020年から約50の取り組みを実施してきた過程で、“未来を担うのは子どもたち”というメッセージと、多種多様なプログラムがあることは発信できた。一方で、一つ一つのプログラムでの子どもの成長、継続することで期待できる変化、地域への副次的効果など、ミラチャレ全体としての価値の見える化はできていない。勝谷さんは次なる挑戦としてそこにフォーカスしたいという。
「教育で見える化されるのって学力くらいじゃないですか。でも、学力は子どもの能力の一面でしかないですよね。ミラチャレを通じて見つかった能力が可視化されたら面白いと思います」宇治田原町の未来である子どもたちと本気で向き合う勝谷さんの熱意がこもる。
2時間弱にわたり取材に応じてくれた。勝谷さんの熱量を感じる。
自分たちに目が向いていると感じられるふるさと
見える化を考えるうえで最も大事なのは、実際参加した子どもたちがどう感じているかという点だ。
学校帰り、笑顔でミラチャレの話をする高橋希愛さん
中学2年生の時に授業の枠を使ったミラチャレに参加した高橋希愛さん(現在、高校2年生)が参加したのは、宇治田原製茶場が全面バックアップで実施された商品づくりだ。テーマは「新しいお茶の楽しみ方ができる新商品」で、計5コマの授業で生徒たちは企画に挑んだ。
「普段の授業と違って0から1を考えるというのが初めてだったので、すごく頭を使いました。グループで考えたアイデアに、勝谷さんはじめ大人の方たちから実現性を問われたり、もっとこうしたらいいんじゃない?って助言をもらったり…。そういう機会は初めてだったので楽しかったです」そう話す高橋さん。
最終的に採用されたアイデアは「ガチャガチャ」スタイルでさまざまなお茶のティーバッグが楽しめるというものだった。実際に商品化され、宇治田原町のふるさと納税の返礼品としても活躍した。
当時、開発したガチャガチャの箱を手に持つ高橋さん
返礼品で商品を手にした人からは、「お茶を飲み終えた後に、箱を再利用してオリジナルガチャガチャを楽しんでいます」などの嬉しいリアクションもあった。
高橋さんは「参加して時間が経つにつれて、小さい町だからこそできるすごい取り組みなんだなって思うようになりました。振り返ると貴重な経験だったんだなって」と話す。
ふるさと納税の未来、宇治田原町の未来
「2020年から数えても、寄附の使途を一本化したことに対して寄附者からの否定的な意見って2件しかないんです。ほかの自治体でも使途を今すぐ一つに絞ることは難しくても、使い道に強弱をつけることはできるんじゃないかなと思います」と勝谷さん。
多くの寄附者は、自分の支援がミラチャレに使われることを認識して納税先に宇治田原町を指名している。返礼品として肉や果物を期待するのではなく、子どもの未来を応援することを選んだ支援者たちがそこには確かにいる。ふるさと納税本来の意図である「地域を応援したい」という想いを、“未来への投資”という共感消費を通じて引き出したのがミラチャレなのだ。
一点集中で町に明確な変化を起こしてきた宇治田原町。だが、ミラチャレはあくまでも持続可能な町の未来をつくる手段の1つ。
「遊び心と本質、この2つを大事にやっていきたいですね」そう話す勝谷さんが次に仕掛けるのはなんだろうか。今後も宇治田原町の未来へのチャレンジは続く。
宇治田原町役場にて、勝谷聡一さん