【今回の取材地】
総人口:39,207人
人口密度:250人/㎢
隣接自治体:石岡市、土浦市など
(2023年12月1日時点)
コロナ禍で気が付いたかすみがうら市の豊かさ
かすみがうら市の地域資源を生かして、地域の魅力を発信して盛り上げようとする動きは水産業に関わらず存在している。歴史と伝統ある地場産業を生かしていくというアプローチがある一方で、小さくても新たな産業を地域に根付かさせていきたいと奮闘する人が取材を通して見受けられた。旧霞ヶ浦町地区を拠点に活動する塚本 理恵さんはその代表的存在だ。
塚本さんは会社員として働きながら、旧霞ヶ浦町地区にある実家が営む不動産業が持つ資産の中で、眠っている物件を活用した再生事業を副業として進めている。今ではさまざまな事業者と連携しながら、かすみがうら市を元気にしようと縦横無尽に動き回っていた塚本さんだが、もともと何か事業を起こそうという強い思いを持っていたわけではなかった。
副業として事業を始めることになったきっかけは、コロナ禍における小学生の息子との会話だった。
「『おじいちゃんの会社を継ぐんだ!』という息子の言葉を、ハーフ成人式で聞いてビックリしたんです。ここに住んでいる子どもたちのほとんどは高校進学や就職を機に、地域外へ出ていく人が多いので。それで息子に『何でここ(かすみがうら市)で仕事をしたいの?』って聞いてみたんです。そしたら、『ママ、見てごらん、ここは緑がすごい綺麗だよ。庭が広くて、すごい良い環境だよ』って言うんです」
コロナ禍ということもあって自宅にいることが多くなり、息子と向き合って話し合う機会が増えた塚本さん。そんな時に繰り広げられた会話の一コマで、息子が放つ言葉の一つひとつにハッとさせられた。
「当たり前のように過ごしていたけれど、確かにこのかすみがうら市の環境は特別なものかもしれないと気が付かされました。息子はテレビで都会のコロナ禍を見たり、私の姉が東京に住んでいてよく遊びに行くのですが、ここの家に比べるとどの家も狭くて、自然が無い環境を目の当たりにしていました。いろいろと思うところがあったようなんです。当時10歳ながらも、自分が住んでいる環境が特別であることに気が付いていたんですよね」
塚本さん一家が住んでいる周りには畑があり、そこでお米も獲れて、どの家も東京に比べれば広くて庭がある。テレビを通じて見るコロナ禍では食料品の奪い合いが起こっていたが、ここではそんな争いもなく、環境の変化に動じることはなかった。生活していく上で必要な“豊かさ”というものが、かすみがうら市にはあると、塚本さんは息子との会話で気が付かされた。
副業から始めた事業が、行政との協業に至るまで
「こんなに素晴らしい場所があるということをみんなに共有したい」
塚本さんはそんな思いに一気に駆られた。期せずして、この時期に勤めている会社で副業申請ができるようになったことも後押しとなった。そうして、塚本さんは休日を利用して、自身で事業を起こすことを2021年に決意。
事業内容を家業の資産を活用するものに決めると、塚本さんはすぐに行動へと移した。事務所を構えている敷地には物置になって使われていない倉庫がいくつかあった。不動産業の物件を確認すると、使い道が定まっていない古民家の物件をいくつか抱えていた。特に古民家の問題は、かすみがうら市にとって根深い問題になっていたこともあって、解決したいという思いもあった。
最初は店舗や事務所として物件を貸し出すことができるように、倉庫の掃除や整理から始めた塚本さん。それが終わるとテナントを募集。現在ではそうして生まれた4件の物件のうち、3件に事業者が入居している。また、空き物件を活用するため塚本さんは「虹色マルシェ」と銘打ったマルシェを定期的に開催。そうして旧霞ヶ浦町地区に新たな人の動きを生み出している。
「私の取り組みのテーマは、『あるものを生かしていきたい』というものなんです。物置になっていた倉庫たちは、残しておいても仕方がないと考えていたこともあって、いずれ壊さなきゃいけないんだろうというような負の財産だったんです。逆に事業を始めるからといって、新しいものをつくるということは、負の財産になりうるものをつくるということにもなりますよね」
過疎化によって使われていない古民家や物件があるということは、自治体にとってはネガティブな要因とも言える。ただ、見方を変えれば、何か新しいことを始めるには打ってつけの環境とも考えられる。土地があり、基礎となる建物もある。それも首都圏に比べれば圧倒的に安い。今の時代、リモートで仕事できるケースも増えてきている。仮に首都圏へ出向く用件があったとしても、かすみがうら市であれば、移動は難しくない。新規事業を起こす上での条件がそろっていると考えてもおかしくはないだろう。
ただ、古民家の活用に関しては一筋縄ではいかないと塚本さんは感じていた。
長年放置されている物件が多いことから、大幅な整備や改築が必要になることが想定。具体的な活用方法があるのであれば手を付けられるのですが、塚本さんのテリトリーはあくまで不動産業。利用してくれる人を探すことはともかく、この時点では自身で古民家を利用したビジネスを起こすことはイメージできなかった。
しかしながら、「江口屋」という参考になる事例がかすみがうら市、それも旧霞ヶ浦町地区に存在することは塚本さんにとって一筋の光になった。
江口屋は霞ヶ浦湖畔にある、明治時代に建てられた造り酒屋の古民家を改装したゲストハウスで、今ではかすみがうら観光にとって欠かせない拠点の一つになっている。古民家をどのようにして活用すればいいのか悩んでいた塚本さんは、知り合いの伝手を通じて、かすみがうら市役所 地域未来投資推進課の稲垣陽介さんと面会する機会を得ることになった。江口屋の事例に関しては、行政の関与も大きかったため、市役所の人に話を聞いてみたいと考えたのだ。
「役所の人だから事務的な感じだろうなという先入観もありました」と大きな期待を抱かずに稲垣さんに相談をしてみると、予想に反してとても前向きに話を聞いてくれたという。
「『まずは物件を見させてください』と興味を持っていただけて。それで実際に見ていただいたら、『ここがかすみがうら市にとって良い場所になるといいですね』と、稲垣さんと、同じ地域未来投資推進課の高井(淳)さんのお二人に言っていただけたんです」
産学官金連携で始動した「古民家再生プロジェクト」
そこからは塚本さんの予想を超えて、一気に話が広がっていくことに。この話をきっかけに、江口屋に続く新たな『古民家再生プロジェクト』が事業として展開されていくことになったのだが、当時のことを稲垣さんは次のように振り返る。
「最初に塚本さんから『うちにこんな魅力的な古民家があるんですが、何かできないですか?』という漠然としたご相談をいただいたところから始まりました。空き家の増加は市の大きな課題で、『いま存在する施設を活用して地域を活性化させたい』という塚本さんの強い思いもあり、当課の高井と既存事業との連携可能性を含め検討した結果、最終的には産学官金連携による『持続可能な古民家再生研究事業(以下、古民家再生プロジェクト)』の実施に行き着きました」(稲垣さん)
地域未来投資推進課の業務は一言でいうと、企業規模を問わず、かすみがうら市の産業支援全般を担っている。同課ではこれまで、官民連携による取組実績を多数残していた。新たな古民家再生プロジェクトに関しても、多様なステークホルダーとの連携による、より実効性のあるサポートが市としてできるのではないかと、考えたことによるものであった。
「プロジェクトが立ち上がったいきさつとしては、まずはもともと当課とつながりのある、江口屋の古民家再生に携わった筑波銀行の役員の方に相談をしました。その方の広範なネットワークを通じ、古民家再生の設計を手掛ける企業や、筑波大学の古民家再生と親和性のある先生をつなげていただき、次第に『古民家再生プロジェクト』のスキームと実施体制が構築されていきました」(稲垣さん)
そうして、試行錯誤のもと「古民家再生プロジェクト」が誕生し、2022年5月からスタート。産業界からは塚本さんや設計会社など地域内外の企業が、行政からはかすみがうら市(地域未来投資推進課)、大学からは筑波大学、金融機関からは筑波銀行が参画。活用方法の検討や設計図の作成などは、筑波大学の学生が中心となって進められた。
本プロジェクトにより古民家再生の機運を高め、一つのモデルケースとして次年度以降につなげていければという思いは強い。
「学生が実際に古民家の現場に行き、管理者である塚本さんにヒアリングを行い、グループごとに活用可能性を検討しつつ、発表を行うなど、学生としても良い刺激になっていると感じました。実現可能かと言われれば、費用対効果の面で難しい案も多いですが、非常に斬新で面白いアイデアもありました。何より、学生の皆さまがかすみがうら市の課題を自分ごとのように、一生懸命に考えてくれているということが、私たちにとって大きな成果であり財産だと思っています」(稲垣さん)
取材をした2022年10月現在では古民家の活用方法に関して、具体的な結論が出ているわけではないが、さまざまな面白くも興味深い案が出てきているとのこと。長期的な視点で考えれば、古民家にまつわる機運醸成という意味では手ごたえを感じているという。
今回の取り組みを受けて、来年度以降も古民家に関する事業を展開する予定だと、地域未来投資推進課の高井さんが言う。
「今年度の『古民家再生プロジェクト』をモデルケースとして、来年度は、古民家を活用して事業を実施したいと考えている地域内外の企業と、古民家を提供したい所有者をマッチングする事業を検討しています。リノベーションに関係するファンドや補助金などの活用も視野に、市内の古民家再生を促して、かすみがうら市の産業を活性化させていくのが次のステップですね。空き家を居住用として活用するだけでなく、事業用としての活用を促していきたいと思っています」(高井さん)
また、新たな動きという意味では、塚本さんとかすみがうら市の間にも興味深い話がある。ふるさと納税ポータルサイト「さとふる」が展開する、「さとふるクラウドファンディング」を活用して、ふるさと納税を通じて寄付金を募る事業が目下進行中。集めた資金をもとに塚本さんは、先述の空きテナントを活用したチャレンジショップの開設運営を始めようとしている。チャレンジショップとは「1つの店舗を複数のお店がシェアしながら、将来の開業を目指し、お試しで開業できる施設」とのことで、新規開業のステップアップ先の一つとしての活用を塚本さんは見込んでいる。
「虹色マルシェはどちらかというと、開業とまではいかなくても、まずは商売を始める取っ掛かりになる場としては大事な所です。チャレンジショップは、実際に事業をスモールスタートさせたいと考えている人を応援する場所にしたいという思いがあるんです。まずはマルシェ、その次にチャレンジショップ。その後にテナントを借りて、徐々に事業を大きくしていけるような人が出てきてほしいんです。それもできれば、かすみがうら市であれば嬉しいですよね」(塚本さん)
塚本さんは当初思い描いていた以上に人と繋がり、事業の輪が広がっていったことに驚きと喜びを感じている。同時に、自分と同じような人が登場することを切に願っている。それは行政の立場である地域未来投資推進課の二人も同じで、民間主体で新たな事業が生まれていく契機をこれからもつくっていきたいと考えている。
「地域で新たな事業が生まれたり、情報発信の動きが活発になることは、かすみがうら市を盛り上げていく上でとてもありがたいことであり、行政としても積極的にサポートしていきたいと思っています。かすみがうら市でのクラウドファンディングの事例を見て、興味を持った方から新たなプロジェクトの提案が複数出てきたことも、嬉しい成果となりました。地域を元気にするさまざまなアイデアを官民連携で形にしていく。官民連携で地域を盛り上げていくことは大事なポイントであると感じます」(高井さん)
かすみがうら市のこれからに必要なこと
「古民家再生プロジェクト」以外にも地域未来投資推進課ではさまざまな事業を行っているが、挑戦的な取り組みを行うことで喜ばしい副次的な効果も生まれたと言う。
「かすみがうら市内の企業への就職を機に、かすみがうら市へ引っ越して、市内の古民家に住んでみたいという学生もいます。『古民家再生プロジェクト』を知って、古民家に興味を持ってくれたようです」(高井さん)
「新しい取り組みをするときは、『そもそも参加してくれる人がいるのか』など、疑心暗鬼になる瞬間が多々あります。行政という立場上、広く公正にというのが前提にあるので、ニッチな領域にはアプローチがしづらいですが、行政が積極的に仕掛けていくと、これまで見えてこなかった塚本さんのような活動的な人たちが見えてくるんですよね」(稲垣さん)
一気に大きな花が開いていくような形ではないかもしれない。それでも、花を咲かせるために必要な光は、各所で生まれている。そんな光に誘われて、かすみがうら市に興味を持ち、何かしらの関係を持とうとする人や事業者が生まれてもおかしくないようにも思えた。
そうしたときに、課題が無いわけではない。新しい人や事業者を受け入れようとした場合、過疎化指定を受けた旧霞ヶ浦町地区に関しては、第1章でも記したように交通インフラについて、早急に取り組まなければならない問題が横たわっている。かすみがうら市の政策立案を担う政策経営課の飯島裕市さんは次のように話してくれた。
「市の交通事情に関しては、車社会というのが前提になっているところがあります。特に旧霞ヶ浦町地区はその傾向が顕著です。そうなると、高校生を中心とした子どもや、免許を返納した高齢者が移動する際の足が問題になりますよね。施策の一つとして、『デマンド型乗合タクシー』があります。ただ、安く運行するために移動は基本的にかすみがうら市内のみとなっており、同じ地区間(旧霞ヶ浦町地区、旧千代田町地区)のみなどの縛りはあるので、遠くへ気軽に移動するのは難しいです。高校生に関しては、土浦市・行方市と共同運航している1カ月1万円で乗り放題のスクールバスがあるので、それを利用できる地域に住んでいる方はいいのですが、旧霞ヶ浦町地区の半分くらいは利用するのは難しいというのが現状です」(飯島さん)
課題は明確な一方で、それを解決するのは容易ではない。交通網を整えるにも、タクシーやバスの利便性を高めるにしても、先立つものは財源だ。過疎化指定を受けたことで「過疎対策事業債」を充てることはできるが、それだけでは十分とは言えない。
ただ、一方でこうした問題がありながらも、旧霞ヶ浦町地区での生活に不満を持っている人は思いのほか少ない。「多少の不便はあるけど、住めば都」という声も多数聞こえてきた。土地は広く開けており、住環境は悪くない。自然にあふれており、空気もきれい。車を少し走らせれば、さまざまな商業施設まで買い物に行くこともできる。教育という要素を考えると若いファミリー層から敬遠されがちな環境と言えるが、人によってはこれ以上にない環境となっている。
「現実的には、『不便なこともあるけど、ここに住みたい』という気持ちを持つ人たちに住み続けてもらうために、課題をピンポイントでつぶしていくということが、今は大事なのかもしれません」(飯島さん)
未来に向けた投資の一つとして、新たな人を呼び込むのももちろん重要だが、その前にかすみがうら市民の生活を向上させ、満足度を上げるということが何よりも大事だと、飯島さんは考えている。そうした先に、かすみがうら市に興味を持った人たちを自信持って受け入れる土俵ができあがるという思いは強い。
「市が抱える課題はすぐに解決できるものばかりではないかもしれません。それでも、少しずつでも解決していくことが、その先の関係人口や移住者の増加につながっていくはずです。課題は山積みですが、それと同じくらい魅力がある町でもあります」(飯島さん)
かすみがうら市にとって幸運なのは、多くの地域資源に恵まれているということ。ここまで霞ヶ浦の水産業、古民家ということを中心に述べてきたが、それ以外にも自然を生かした魅力ある資源が多数存在する。ただ、口下手で大人しい地域性もあってか、それを地域外の人へ十分に認知されずにここまで来た。
しかし、かすみがうら市にある魅力に気づいて発信していこうとする人が、時には自力で、時には行政の後押しを受けながら誕生している。今回記すことができなかった、市のキーマンになりうる人は他にもいる。そうして、絵に描いた餅ではない、共創の輪がここには生まれつつあります。
これからかすみがうら市がやろうとしていることは、広大な砂場に埋もれているわずかな砂金の粒を見つけるような、途方もない作業なのかもしれない。それでも見つけられると信じる人たちが一人二人と増えていくことで、眩く輝ける欠片が見つかる可能性はどんどん高まっていくのだろう。