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試みの交差点
更新日:2024年08月21日

発酵・長寿NAGANOを多業種で発信

ライター:

国内外で健康食としての日本食・和食が注目されるなか、発酵食品の一大産地である長野県から観光客の誘致や海外展開を目指す「発酵バレーNAGANO(ながの)」の活動が熱を帯びている。インバウンド需要の高まりや文化価値を継承する重要性を受けて、文化庁の食文化機運醸成事業など国主導の展開が見られるなか、民間発の構想が行政を巻き込んだ稀有な事例として動き始めている。

8業種300社6000人のコンソーシアム

みそ・日本酒・ワイン・醤油・漬物・納豆・チーズ・酢。実は、これらはすべて発酵食品だ。発酵食品とは、乳酸菌・麹菌・酵母などの微生物の働きによって食物が変化し、人間にとって有益なものになった食品のこと。長野県内のこれら多様な発酵食品の8つの関連団体・企業が集まって設立されたコンソーシアム(連合体)が発酵バレーNAGANOだ。山と谷が多い長野県では、谷に沿って多くの発酵関連の業者や蔵があることから、谷を意味する「バレー」を冠した。

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発酵バレーNAGANOキックオフイベントで壇上に勢ぞろいした関連団体・企業の代表ら。右から4人目が青木時男理事長。同6人目が西経子・内閣官房審議官、同8人目が県酒造組合の宮坂直孝会長(発酵バレーNAGANO提供)

設立は、2023年11月24日。呼び掛け人で理事長に就任したのは、マルコメの社長で県味噌工業協同組合連合会の理事長の青木時男氏。キックオフイベントで青木氏は「長野県が誇る発酵食の魅力を広く国内外に発信し、長野と言えば『発酵・長寿』だと言われるようになりたい。産官学連携によって各界の知識や技術の共有が生まれ、今までにない発酵食品の創出ができると思う」などとスピーチした。参加している発酵関連企業は合計318社、社員数は合わせて6,000人を超える。加えて、長野県、信州大学、長野県立大学とも連携。発酵関連以外の企業や中央省庁とも連携を図る。

発酵・長寿宣言とコロナ禍を受けて

コンソーシアムの源流は、2018年にさかのぼる。この年の11月に開かれた「全国発酵食品サミットin NAGANO」で長野県は、「発酵・長寿県」を宣言した。

「健康志向が進み、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、伝統的な日本の食が見直される今、全国トップレベルの長寿県である長野県は、発酵食品産業の振興を通じて健康長寿を目指す『発酵・長寿県』をここに宣言します」

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発酵バレーNAGANOのロゴ(発酵バレーNAGANO提供)

オープニングセレモニーで、宣言を発したのは、阿部守一知事と、県食品製造業振興ビジョン推進協議会の会長を務めていた青木氏だった。県と業界が一体となって、発酵食品のPRを進めていこうと動き出したころ、新型コロナウイルス感染症の流行が始まった。

「味噌は販売への影響はあまりありませんでした。しかし、外食やお酒を飲む機会が減り、日本酒は大変な状況でした」と発酵バレー事務局長の柳澤孝嘉氏(マルコメマーケティング本部海外マーケティング課)は言う。

「青木と県酒造組合の宮坂直孝会長(宮坂醸造社長)が話し合いました。日本酒と漬物を合わせて提供したり、日本酒とチーズを組み合わせたりしたらどうだろうという話も出て、それなら2人で話をするよりも、発酵関連の企業の皆さんで集まって連携の可能性を模索した方が良い。それが発酵バレーNAGANO設立のきっかけになりました」

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「それまで業種を超えた交流はなかったが、何かしようと結束した」と発足の経緯を話す発酵バレー事務局長の柳澤孝嘉氏

それまで、業種を超えた交流はほとんどなかった。コロナの収束も見え始めた2023年2月、発酵関連の8団体・企業の代表で飲食を共にした。

「具体的なものは何もなかったのですが、“何かしよう”と結束しました」(柳澤氏)

2023年8月、8団体で阿部知事を訪ね、阿部知事から「協力できるところは、ぜひ一緒に」とメッセージをもらった。

「外国人観光客を含め、あらためて発酵食品を県内外にPRしていこうというタイミングでした。非常に心強い組織が立ち上がったなと思いました」と長野県産業労働部産業技術課課長補佐の坂下広氏はいう。

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県産業労働部産業技術課の坂下広氏 

ワインからお酒全般へ、そして発酵食品へ

発酵バレーに大きな期待を寄せた1人が、ワイナリーやレストランを運営する坂城葡萄酒醸造の成澤篤人社長だ。長野県では2013年から、県産ワインのブランド化とワイン産業の発展を目指す「信州ワインバレー構想」が動いていた。構想実現のため、県、県ワイン協会、市町村などが構想推進協議会を作り、活動してきた。ワイン協会の会員の成澤氏も積極的に関わっていた。

「ワインバレー構想が始まった2013年に25カ所だった県内のワイナリーが、10年後の2023年には倍以上の約80カ所になっています」と成澤氏。

「ワインは、好きな方は好きなんですが、お酒の中ではまだまだマイナーです。出荷量は酒類全体の10%以下です。ワインだけで人を呼ぶ、長野に注目してもらって経済効果を上げるというのは、すごく難しいと思っていました」。

長野県のワイナリーの数は山梨県に次いで全国2位。日本酒は新潟県に次いで2位。両方ある県は少ない。さらにビールやウイスキーの製造所もあり、全ての酒類の製造所数では長野県は圧倒的に全国一だとも言われる。

「だから、長野県のお酒としてみんなでやっていこうと考えていました。そうしたら、発酵バレーの話が来たんです。発酵食品というもっと広いところで長野県をPRしていくという話で、これは素晴らしい、絶対にやりたいと思いました」

信州ワインバレー構想での活動を経て、発酵バレーの活動に参加した成澤篤人氏。それまで酒に関連する業者・業界での連携を考えていたが、より広い連携の構想を知り、「絶対やりたいと思った」と話す

成澤氏は「来てもらうこと」、つまりツーリズムに期待を寄せる。県内のワイナリーは年間の出荷量が1万本以下という小規模な事業所が多く、県外への出荷さえ容易ではない。輸送や流通に乗せれば、その分、コストもかかるからだ。

「ワインに旅をさせない、という言葉があります。できた土地で飲むワインというのは、その土地の風景も含めて、一味も二味もおいしく楽しめます」

対象として、まずは国内各地からの観光客を見込む。

「ワインがとっかかりになって長野県に来てもらって、チーズも作っているんだ、となれば、連携してやっていく意味があると思います。また逆に味噌や漬物のような伝統食のために来てもらって、『ワインもあるんだ』と気づいてもらえたら、それもうれしいです」。

業種の垣根を超えて、何をするか。成澤氏が「飲食店としてすぐできること」として企画したのが、参加企業の商品を使った料理と、料理に合わせた酒・ワインを味わう「発酵バレーNAGANOコラボディナー」だった。関係者に体験してもらったところ、好評を博し、2024年3月には、一般向けのイベント「発酵を知るペアリングディナー」を開催した。

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地元や東京でのイベントでは、参加各社が手がける商品を活用した「コラボメニュー」も紹介している

大学の関与とガストロノミーによる訴求

アカデミズムの分野から発酵バレーに関わり、その今後に注目しているのは、信州大学学術研究院工学系准教授の片岡正和氏。発酵バレーでは主任研究員の任にあり、自身の役割は、「発酵に関する基礎的な知見を提供することと、発酵に関する専門家をつなぐこと」と考えているという。

「酵母の専門家など、発酵分野の知り合いは多いので、講演に来てもらったり、ネットワークを組む橋渡しをしたりということもできます」片岡教授は、物語性によって関心を高めることも重要だと指摘する。

「食べものに文化的、社会的な背景があると、人を引き付けるし、海外から来た人にも興味を持って聞いてもらいやすい。特に欧米の知識層はそうしたことを知りたがります。だから安曇野やアルプスの文化や歴史、社会のようなストーリーを一緒に発信していくといいと思います」

ガストロノミーの視点を生かし、文化・社会的背景と合わせた発信の意味を訴える信州大学の片岡正和准教授

食と文化の関係を考察する「ガストロノミー」の潮流は、観光庁が2024年度に公募している「地域一体型ガストロノミーツーリズムの推進事業 」が象徴的だ。圧倒的な知的財産を持つ大学がガストロノミーを学ぶ教育機関として参画するのは、食の王国イタリアなどでは展開されており、長野県が国内では先駆けとなる動きを見せ始めていると言える。

「発酵に興味を持った学生が関心を持って研究するようになれば、活動もさらに広がっていきます。発酵食品に関わっている人の授業や講義は、文化論にもなります」。

長野県は技術向上や海外展開などを支援

長野県は、食品産業振興ビジョンに沿って、発酵バレーの参加企業などを支援する。

「これまでも味噌の品評会への協力や酒蔵の若手醸造家を対象として技術向上の支援などを進めてきました。県が海外で展示会をするときには会員の皆さんにも出品していただいています。新商品を開発するときに、県工業技術センターが協力することもできます」と県産業技術課の坂下氏は言う。自治体の持つ信頼やネットワーク自体が発酵バレーの活動を広げたこともある。

「NTTデータから、『地域貢献につながるような活動で、一緒にできることはないですか』という相談がありました。11月に発酵バレーNAGANOが立ち上がりますとお伝えしすると、『ぜひ仲間に入れてほしい』という話があり、その後、後援企業になってくれました」

長野県庁。民間主導の取り組みに長野県も期待を寄せる

和食や発酵の文化への注目も高まる中、関連する企業や団体が連携する動きは各地で広がる。2024年5月には、愛知県で、酢・みりん・みそ・豆みそ・たまり・しょうゆなど発酵調味料の業者や商工・観光団体などが加わる「愛知『発酵食文化』振興協議会」が設立された。会長に就任したのは、大村秀章県知事だ。

民間主導が未来につながる

一方で、発酵バレーNAGANOは立ち上げの経過から民間主導だ。「県全域を対象にして、これだけの広い業種が参加し、しかも民間主導というのは他にないと思います。行政の場合、予算編成にも左右されるので、いつまで事業が継続されるか見えにくいということもあります。民間主導の取り組みは県としても期待が大きいです」と県産業労働部の坂下氏。

マルコメの柳澤氏も「県などの協力は得ながらも、できるだけ補助金に頼らずに自分たちでやっていきたい」と話す。そこには未来への強い思いがある。

100年以上の歴史を持つ酒蔵が、後継者がいないために廃業を決めてしまうこともある。構想の立ち上げに動いた青木氏や宮坂氏には「若い人たちに動いてもらい、長野の発酵をもっともっと広めてもらいたい」「輸出も大事だが、未来を感じられる業界に」との思いが強かったという。話し合いを重ねるごとに若手の参加者が増え、キックオフイベントでは「NAGANOの老舗若旦那・若女将トークセッション」も開かれた。将来に向けては、経営者だけではなく、若者の酒離れも課題だ。ワイナリーとレストランを経営する成澤氏らは、「コラボディナー」に合わせ、若い世代に発酵食品のすばらしさを伝えるイベントも考えた。

「何をしたら来てもらえるか。20代のシェフや事務局スタッフと話しました。参加しやすいように若い人だけの会を企画し、一般向けには8,500円の会費で提供したメニューを若者向けには850円で提供しました。そして、長野県の文化を知ってもらうため、料理の前にセミナーを開きました」

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キックオフイベントで話し合う若手経営者たち(発酵バレーNAGANO提供)

ツーリズムを重視する発酵バレーの後援企業には、県内で鉄道・バス・ツアーなどの事業を手掛けるアルピコ交通のほか、JR東日本も名を連ねる。JR東日本は2024年7~9月、「夏の信州観光キャンペーン」を開催。発酵食品など長野の食を楽しむ団体臨時電車の運転をはじめ、「醸造所見学/詰めたてのクラフトビールを軽井沢エリアで堪能」ツアー、「集え!駅酒(えきしゅ)パート!信州 鉄道×酒スタンプラリー ワイン・シードル編」など、10を超える関連イベントが並んだ。

長い伝統を持つ地域の発酵食品が、新たな枠組みと新たなアクターを得て、新たなアプローチを広げている。

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